【追憶】後編
――あれからさらに2週間。
前嶋とエリィは何事もないかのように平和な生活を送っていた。
前嶋にも少しずつ変化が見えはじめていた。
不意にエリィを意識したり、銃を持ち歩く回数が減り始めたりと普通の男子へとなりはじめていた。
…そんなある日。
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「ふぇ〜、服がびしょびしょぉ…」
「……まさか、雨が降るとはな…」
ネパ付近より少し南下した針葉樹林にある小さな小屋で、
前嶋達は突然の豪雨により雨宿りする事になってしまった。
しかも、その小屋に辿り着くまでの間にひどく濡れてしまった為、1晩過ごすはめになった。
前嶋は小屋の周辺で燃えそうな物を集めてきてテント内で焚き火をする。
テントと言ってもただの布切れを1本の枝が支えている程度のものだ。
そして、上着を全て脱ぎ、上半身裸になった。
「…へぇ…」
「…?…どうかしたか?」
前嶋は外の様子を見ているとふと、エリィの視線が気になり聞いてみた。
「ん?…リョウの体っていい体格してるなぁって…
なんて言うのかな…こう、なんか頼りがいがあるって感じでさ…」
「……ぅ…そ、それより、エリィも着替えたらどうだ。
エリィの荷物の中にタオルとかあっただろ?…それを使ってさ…
その…俺はそ、外…見てるから。」
と頬を赤く染めながらも前嶋はコートをはおいながらそう答えた。
「…そうだね、そうさせてもらうよ」
と前嶋の後ろで最低限、上着だけでも着替える為にエリィも
“もそもそ”と上着を脱ぎはじめた。
前嶋は顔を真っ赤にしながらも外の景色を見つめる。
「……ねぇ」
タオルを巻いたところでエリィが呟く。
「…リョウは…私のこと嫌い?」
「…そ、それは…好きだ…な、何故、そんな事を聞くんだ…」
とさらに顔を真っ赤にして答える。
「だってぇ…リョウったら全然、私を襲わないんだもん。」
エリィの返答に前嶋は“ガクッ”と前にのめり込みかけた。
「…む、むぅそ、そそそれは…両者の同意じょ、上で…」
「…くすっ、リョウ…こっちにおいでよ…暖かいよ。」
「…し、しししかし…」
エリィとの会話を繰り返す度に前嶋の顔はどんどん赤くなっていく。
そんな前嶋を見て、エリィは微笑みながらも彼の側へと歩み寄って行く。
「…無理する必要なんかないよ、男の子としては当然の反応だし…
それに…」
「…!!…」
側に来るなりエリィは前嶋を押し倒すと同時に巻いていたタオルが落ちた。
「…私の方はとっくに野性の方が勝ってるよ…」
「…え、エリィ…あああ、あのだな…」
と前嶋はかなり目のやり場に困り果て、目線をあちこちに漂わせている。
そんな彼を見て、エリィは両手で彼の頭を捕まえる。
「…じっとして……」
「・・・・・・・・」
「…くすっ…」
エリィは微笑むと赤裸々状態になっている前嶋と口付けを交わした。
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翌日。
「…………」
エリィより一足早く起床した前嶋は空を見上げていた。
昨日の豪雨の後なのだが、雲行きが怪しい。
昨日の事もあるし、今回はここでもう1日野宿する事にした。
そう決めると前嶋はゆっくりと周囲を見渡した。
見渡す限りの針葉樹林。
ひっそりと静まりかえる樹林の中、小鳥の囀りだけがこだまする。
「…ふぁ…リョウ、おはよう。」
そこへようやくエリィが起きてきた。
タオルを巻き、まだ眠たそうに瞼をこすっている。
「…あぁ…!!……こ、こっちへ来るな!」
と前嶋も返事をしながら振り向くとあられもないエリィの格好に
あわててテント内に押し戻す。
「…ふに?…あ、えへへ」
「………」
前嶋は呆れたような表情で頭をかくとエリィにこう告げた。
「…今日はここでもう1回野宿するから、着替えてここで待ってろ…
俺は薪を集めてくる…」
「…ふぁ〜い」
甘えたような口調でエリィが返事をすると前嶋は溜め息を吐いた。
(……ったく、彼女にはかなわない…)
そう考えると、ちょっとした散歩気分で薪集めへと出かけた。
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(…ふぅ、遠くまで来たが…やはり昨日の豪雨のおかげで薪となる枝が全滅に等しい状態だ…たったこれだけとは…)
ふと、前嶋が振り向くとテントがぽつりと見えるか見えないかの境い目までやってきていた。
それなのに薪の数は数えられる程にしかない。
(仕方ない…戻るか)
と思った瞬間だった。
「りょ〜〜うっ!」
「どわっ!」
と突然、エリィが背後から抱きついたのだった。
ある程度の気配は察していたが別に殺気ではなかったので気にはしていなかったが、さすがにエリィだとは判らなかった。
「…てへ、来ちゃった?」
「……荷物、盗られてても知らないからな。」
と今日も彼女と何気ない雑談をしながら1日を過ごした。
その後、テントに戻ったのだが…
何故か前嶋の軍事携帯食(レーション)だけが
動物に盗られていたと言う………
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次の日。
空からは暖かい日差しが照りつけている。
今回はエリィに黙って薪を集めにきた。
さすがに今回は昨日の倍以上だった。
同じ場所まで来たのだが、量が全然違っていた。
「……戻るか」
と思った瞬間だった。
…とても嫌な予感がした。…とても絶望的な気分になった。
そして、その後に聞こえてくる銃声と共に空に響き渡る彼女の悲鳴。
気が付けばテントに向かって全力疾走していた。
…そして、辿り着いた先には…
複数の兵士達に囲まれ、血まみれで倒れているエリィの姿があった。
愕然としながらも首から上を見るが頭がない。
敵の兵士達も検討はついている…
こんな事をするのは1つしかない…
と考えていると周囲の兵士達の数が後から後からと増援がきては全員“クスクス”と笑っている。
「…貴様には幸福と言う文字はないんだよ…前嶋 亮」
「…どうだ?幸せが崩れた瞬間の感想は…ククク。」
自分に対する怒り・敵に対する怒り・恨み・憎しみ
それらの感情が前嶋の中いで一気に増幅していく。
「…貴様等ぁ!!」
次の瞬間には腰に下げたコンバットナイフを片手に駆け出していた。
何も考えず…無我夢中に自分の敵を全滅させた。
1人残さず……何十人、何百人殺したのかは分からない…
だが、気が付いた時には周囲は地獄絵図と化していた。
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戦いが終わって、我に帰った前嶋はエリィの頭部だけを抱え泣いていた。
自分に対する怒りがおさまらない…。
血だらけになって…気が付けばまた全てを失った。
…人を愛す心。
…幸せだった瞬間。
…自分が心から好きになった人。
…全てが…無になった。
放心状態の前嶋に1人の兵士がふと尋ねた。
「…生き残りは君だけか?」
「・・・・・・」
「…ダメだ…」
と兵士が後ろにいたもう1人の兵士に言う。
「無理もない、あの状況下だしな…」
(……もぅ、俺は誰とも接しない。
全世界が敵になろうと俺は天涯孤独…
…誰も愛さない!誰とも親しくならない!!
…俺はバイニヒツを永遠に許さない!)
「…俺達は君を助けに来た…さぁ、行こう。」
「・・・・・・・」
前嶋は凍った目で笑うと兵士の手を掴んだ。
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「……で後に現在に至ります。」
ようやく前嶋の口がゆっくりと閉じた。
その後は無言のままだった。
テッサを送り出した後、前嶋はゆっくりと机から1つの手帳を取り出して
ページをペラペラとめくりとあるページで手が止まった。
そこには『…私、リョウを愛してる…だから彼から離れられない』
とつづられているが後は飛び散った血痕で読めないがその後ろのページは白紙だった。
ゆっくりと手帳を閉じると無言のままベッドに潜り込んだ。
「…っ…」
閉じられた手帳には一滴、落ちていた。
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