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「・・・猫?」


唐突なかなめの発言に、宗介は眉をひそめた。


「そう。白くて、毛並みもふさふさしててすっごく可愛いの」

「…そ、それは…」

「言っとくけどトラじゃないわよ。正真正銘の猫!」

「そうか。それがどうかしたのか」

「最近その子によく会うのよ。首輪付けてなかったし、多分ノラ猫なのよね」

「それで」

「ホントにキレイな猫で、ここらへんじゃ結構有名なの。でね、昨日とかも・・・・・・」


身振りを交え、楽しげに語るかなめの横で宗介は黙って耳を傾ける。

今日も二人は同じ帰路についていた。

夕焼けに紅く染まる商店街。

雪こそ滅多に降らないが、行き交う人々の白い息とその服装はまさに真冬といった様子だ。

CD屋のスピーカーからは聞いたことのない洋楽が流れ、また他の店の一角では過度な装飾品がここぞとばかりに積み重なっていたりして……

それらは彼にとって理解し難いものばかりであったが、その街並が違いなく『平和』であることだけは――よくわかっているつもりだった。


(……平和、か)


無意識のうちに、思考が過去の奥深くまで侵触していく。

死というものが周りに溢れていたあの頃のことを考えると、
『平和』という言葉ひとつで形容できる今の生活は当時の自分にとってまるで想像もつかないような代物だろう。

こんなことまで考えるようになった自分も、この環境と彼女のお陰なのかもしれない。

そこまで考えて、なんとなく横にいるかなめに視線を走らせてみる。


……と、左頬に鋭い痛みが彼を襲った。


「いっ…!」

「あんた。さっきから人の話聞いてないでしょ」

「ひいていう」


ジト目のかなめにぐにーっと頬肉を引っ張られながらも(これが意外に結構痛い)、彼は冷静に答えた。


「……。じゃ、あたしは今何て言ってた?」

「『ひゃ、あはひがいまなんふぇ…』・・・むぐ」


かなめが手を離すと、ばちんと小気味のいい音が鳴った。


「もーいいわよ。…ったく…疲れてんの?」

「いや。そんなことはないが」

「顔赤いけど。ひょっとして、熱とか」

「君が強く引っ張ったからだ」

「あっそ。……あ」


ふいに彼女の視線が宗介の背後に留まった。宗介もそれに倣って首を回す。

その先の路地裏の一角、青色のゴミ箱の傍らに、雪のように真っ白な子猫が佇んでいた。

それを見たかなめは小走りでその猫に近寄ると、その目の前に屈みこんだ。


「この子よ、この子!うわぁ…まだこの辺にいたのね」

「にゃー」


子猫は、目を細めてかなめにすりついた。彼女もいささか機嫌の良い様子でその白猫を抱き上げる。

その様子を宗介は極めて冷静に観察した。

真っ白で美しい毛並み。ターコイスブルーの大きな瞳。

まず、血統書付きといって間違いないだろう。姿こそ薄汚れてはいるものの、そこらにいる野良猫とは毛並みや雰囲気が明らかに違う。

この種の猫がこんな路地裏で彷徨っているのは、どうにも宗介の目には不自然に見えたのだった。

…のだが、目下の状況にどことなく嫌悪感を感じる彼にとっては割とどうでもいいことだったりする。


「…いやに慣れなれしい猫だな」

「ムカつく物言いね。これでも結構会ってるんだから。あたしになついてるのよ、この子は」

「そうやって糊口を凌ぐつもりか。可愛さだけでこの世を生きていこうとは、考えが甘すぎるな。
 散弾銃やTNT爆弾の扱いを覚えた方がよっぽど有益だ」

「あんたね…」


不意に、その猫がかなめの肩で頬を舐めた。


「にゃ〜」

「…んっ。もう、くすぐったいてば」

「にゃう」

「ひゃっ!もう。……あー、マジで可愛いわ、この子.」

「…………。」


子猫はくりくりの瞳を潤ませて、彼女に甘えまくる。

猫が相手では流石に何も言えない宗介は、複雑な心境でそれを見つめた。


「ソースケ君。まだ顔が赤いですよ?ほれ」

「ぶにゃ」


やおら、彼女の持ち上げた子猫の真っ白な腹が視界いっぱいに広がった。

生温かく、くすぐったいような毛の感触が顔全体に圧し掛かる。なんとなく屈辱だった。


「…………」

「ソースケ?」


不自然なまでの長い沈黙。それを訝んだかなめは、猫を退いてその顔を恐る恐る覗き込んだ。

……案の定、ひどく陰気な表情が彼女を見下ろしていた。


「怒ってんの?」

「………いや」

「かわいいでしょ。感想は?」

「………メスだな」

「……。もういい。じゃ、そろそろ行こっか」

「…ああ」

「じゃ、ネコさん。またね」


かなめが猫を地面にそっと下ろすと、子猫はそそくさと逃げていった。

かなめに手を引かれて、いつもの道を歩く。

それでも、宗介の表情は曇ったままだった。













その週末。かなめは恭子を呼んで恒例のお泊り会を開いた。

夕食も風呂も終わり、二人ともパジャマに着替えた後。

かなめがカーディガンを引っ掛けて急に姿を消したと思うと、彼女は異様に胸を膨らませて帰ってきた。

それを見た恭子はたちまち目を丸くする。


「あ・・・カナちゃん、それ」

「しーっ!!誰にも言っちゃダメよ」


カーディガンの胸元から、白い顔が見え隠れしている。彼女の胸の中にいたのは、目を潤ませて微かに震える純白の子猫。


「夜中になったらいつもこのマンションに来るのよ。すごい寒そうだから…ね」

「そっかー。カナちゃん優しいね!最近ずっとそうなの?」

「まぁね。今回は虎なワケじゃないし、夜だけならいいかなー、とか思ったりして」

「あはは。そだね」


恭子とかなめはその場でからからと笑う。猫はかなめのもとから下りると、ベッドの横にちょこんと座った。

それから、二人はいつもどおり、テレビを見て、たわいもない与太話に花を咲かせたり、恋の話なんかもしたりして…
朝が近付いてきたころ、ようやくベッドにもぐりこんだのだった。


かなめは、招くようにして布団の端を持ち上げると、子猫はふにゃふにゃと彼女のもとに擦り寄った。

そうして、彼女は手元の照明を消す。

一通りの会話をしてから、おやすみを言って……少しの静寂の後、彼女は言った。



「あのさ、キョーコ」

「ん」

「生まれ変わりとかって、信じる?」

「え?」





「嬉しいの。なんか、お母さんが帰ってきたみたい」






かなめは、子猫を抱き寄せて目を細めた。


カーテンの隙間から見える空は、既に白み始めている。











「………」



同じ空を、宗介は冷たいアスファルトの上で見上げていた。

夜明けまであと少し。

顎の汗をぬぐって、宗介はもう一度歩き出した。







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