【奇跡2】

 

あるはずのない未来があった……

それは、すでに失われたと思っていた……

しかし、奇跡は起こり……

救われた……

わずかな願いさえも……

大きな力となる……

 

いつしか意識は薄れ、混濁していく。

それは、両者の完全な不注意によって起こった事故だった。

この事故で、自転車に乗っていた青年は吹き飛ばされ意識不明の重体となる。

わずかに聞こえる人の声と、けたたましいサイレン音が聞こえているだけだった。

青年の意識は、深い闇へと落ちていった。

漆黒の静寂が支配する空間に一人の青年が腰を下ろして休んでいた。

まるで生きる気力を無くしたかのような表情が、胸を締め付けるようだった。

何度も吐き出される溜息。

その度に白い吐息が煙のようにも見える。

 

生きる事に疲れましたか?

 

ふと聞こえてくる不思議な声にさえ無反応な程、疲れているのか顔すら上げずに伏せ、聞こえてないようだった。

頭の中に何度となく響いてくる声にようやく気付いたのか、辺りを見回してみるが誰もいない。

それでも聞こえてくる声は青年に優しく語りかけ励ましている。

 

「もう還る気はない」

絶望というものですか?本当に戻らなくても良いのですか?

「良し悪しの問題じゃない」

 

悲しげに首を振る青年は、いつしかその声に魅了され、普段は話さない自分の事を語りだした。

気の遠くなるような物語。

誰もが信じられない、そんな悲しい話が漆黒の闇の中に響き始め、
周囲の景色が紅い炎が燃え盛り、灰色の煙が濛々と立ち込める。

どうやら、青年の心境に合わせて景色が変化するようだ。

古い木造の建物が轟音と共に燃え盛り、周囲には野次馬が集まっていた。

そんな中、一人の少年が無謀にもその建物の中に飛び込もうとしている。

それを止める為に消防員が力ずくで押え付けている。

 

「離してくれ!まだ中に人がいるんだ!」

「もう、この火の回りでは無理だ!」

 

叫び飛び込もうとする少年を必死で押え付け、説得を試みているようだったが、
少年は言う事を聞こうとはせずに、ただ振り払い、助けに行こうと必死だった。

やがて、建物は轟音と共に崩れ去り、荒れ狂っていた炎は鎮められた。

この時、少年の口から断末魔のような悲鳴が空に轟いた。

 

「女性の焼死体が一つ発見されました」


運び出される黒く焦げたもの。

それが何なのかすら区別が出来ない程だった。

その声を聞いた少年は慌ててその何かに近寄り、触れようとした寸前で警察に止められた。

少年はその女性らしき人の胸に紅と蒼に輝くペンダントを見て確信した。

それは―――

 

「紫音!」

 

そのペンダントは少年が政府の命令により仕方なく戦う事が決まった時、生きて帰ると約束する為に彼女に渡したペンダントだった。

少年は取り乱したように彼女の名を呼び続け、
必死に抱きしめようとしたが急に吹いた風で、粉が舞い散るかのように灰となってしまった。

押え付けられていた力は無くなり自由になると、その場に落ちているペンダントを拾い上げ、手の中できつく握り締めた。

止め処なく溢れる大粒の涙。

声にならない泣き声。

降り出した雨は、まるで少年の涙を拭っているようも見えた。

必ず帰ると約束し、守ると決めたはずだったのに、
どうしていつも大切に想うものは失われていくのかと、後悔の念だけが心を支配していた。

戦わなければ良かった、行かなければ良かった、
もし自分がそこに居たら救えたのにと、溢れてくる言葉が余計に少年を傷つけた。

それが政府の仕業だと気付いたのは事件が起こってから半年も後の事だった。

その事を知った少年は激怒し、その報いだと言って、特武防衛組織を壊滅に追いやった。

多くの血が流れ、命が失われたのは政府の責任だと言い残して、
この時を境に少年は組織を辞め、普通の人としての道を歩み始めた。

そして、今回の事件も人為的起こされたものだと青年は、はっきり知っていた。

おそらく組織の命令だと……。

 

「どんな気持ちか分かる?
ただ守りたかっただけなのに、失いたくなかったのを、無理矢理奪われて……裏切り者扱いされて、
今まで築き上げたものが全部、壊れていく……信頼していた仲間と殺し合いをする事がどんなに辛いのか…」

しかし、生きる事を諦めてはいけません。約束をしたのではないのですか?
貴方が信じた人達はきっと貴方を傷つけた事も裏切った事も後悔しているはずです。

「約束?そんなものあるはずがない。結局、信じた仲間も名声が欲しい為に平然として裏切る。
そんな奴等に後悔なんてあるか!」

本当にそうでしょうか?

「何が言いたい!何を言わせたい!俺は好きで名声を得たんじゃない!
ただ守るべきものの為に、ただ信じるものの為に強くなっただけだ!
地位が欲しかったんじゃない!名誉が欲しかったんじゃない!
欲望に目が眩み、目の前が見えなくなった奴等と一緒にするなっ!」

 

青年の声は激しさ増していき、怒声が木霊する。

嘘偽りのない、本音と涙が溢れていく。

ただ鳴り響く怒声を叫ぶ口から、本当に守りたかったものは何なのかと気付いた時、青年の声は止まった。

 

どうやら気付いたようですね、本当の気持ちに。
それは貴方が自ら決め、彼女との約束。そして、貴方が生きる理由ではありませんか?

 

頭の中に直接話しかけてくる女性の声はより一層優しく語り掛けてくる。

その声に耳を傾けながら何も見えない漆黒の空を見上げた。

そこには、青年の名を叫び泣く人達の姿が見えた。

青年は軽く首を振ると、また深い溜息を吐いた。

自分は泣いてくれる者の為に生きようと誓った事を思い出し、手を高々と翳した。


手を伸ばせば届く所にある。

今度こそは、失わないように。


そして眩いばかり光が青年を包み込み、現実の世界へと連れ戻した。

重い瞼を無理矢理抉じ開けると、そこには大粒の涙を零し泣きじゃくる少女の姿があった。

上手く動かない手を必死で伸ばし、静かに髪に触れ梳る。

咄嗟の感触に顔を上げる少女は驚いた顔で青年を見つめた。

 

「ただいま、心配かけてゴメンね」

「セ、セ……ンパ…イ」

「せ、先生!先生!患者さんの意識が!」

 

近くにいた看護士が嬉しそうな笑みを浮かべ、叫びながら廊下を走り去って行くのが見えた。

絶望的な状況だと言われていた。

万が一、生きながらえたとしても意識は戻らないだろう、と。

しかし、最早、言葉にもならない事態が目の前で起こっている。

思わず気を失いそうなるが、ぐっと堪えておそるおそる声を掛けると、彼は優しく微笑み返事をした。

安堵の溜息があちらこちらから漏れ始め、歓声が沸き起こる。

 

「良かった!本当に良かった!もうダメかと思いました」

「少し夢を見ていただけだ。そう易々と死なねーよ」

「夢?」

「あぁ、遠い遠い、気の遠くなるような昔の夢だ」

 

20年そこそこしか生きていない人の口から出るような台詞ではない。

しかし彼の瞳には、失われたはずの仲間達の姿が見えていた。

もう後悔しないと固く心に誓い、夢の話をする。

そこには後悔ばかりしていた青年は居なかった。

これからを前を向いて歩く為に、もう振り向かないと決意した瞳は輝いていた。







FIN




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