【奇跡】
絶望的は状況だった……
助かる見込みはないと……
何も出来ない……
ただ、祈る事しか出来なかった……
けれど、奇跡は……
舞い降りた……
6月に入ってからというもの、雨ばかり降り気持ちも憂鬱だったし、仕事もやる気が起きなかった。
たまに晴れても、朝から出勤で閉店まで仕事する。
帰って来れば、体力は限界を超え眠気が襲ってくる。
御飯食べて、お風呂に入って、次の日の事を考え早くに就寝するが、疲れがとれる訳ではない。
重たい身体を引きずって仕事をしてもミスを連発して怒られる。
ここ最近は一日も休みが無く、人手が足りないという事で一人ひたすら無休でハードな仕事をしていた。
「だから、死ぬって……」
お手洗いで一人呟く青年は、誰に言う訳でもなく鏡に映った自分にそう独り言を言った。
目の下にクマがあり、睡眠不足というより疲労からくるものだとはっきり分かる。
今日は日曜日で特売日と10パーセントオフの日が重なった所為か、いつもの数十倍の客が押し寄せてきた。
カゴもカートも足りないという状況の為、一人片付け役に大抜擢されたは良いが、
リサイクルから製品チェックなど店内を走り回り、今日から新しく入ってきた新入アルバイターの指導などをしていたが、
あまりの混雑に新人生の代わりにレジを操作する。
単純な操作には難しさがあり、苦労するものだ。
「先輩、凄いですね」
「今日だけだ。見て学習、実践して学習という言葉は覚えて置きなさい」
「分かりました!」
力強い返事なのだが、現段階では戦力にはならないと判断し、後の事は受付の人に任せ、再び片付けへと戻る。
「すいません定員さん」
「はい、何でしょうか?」
溜まったカゴを片付けようとした時、一人の女性に呼び止められた。
なにやら、不満気な表情で近づいてくる。
「これ、ラップが切れてるんですけど!!」
その女性は彼の責任だと言わんばかり怒鳴り声を上げる。
その声が引き金になったのか、いつのまにか彼の周りには文句を言う人達でいっぱいとなった。
すぐさま、店長と責任者を呼んでもらおうと放送を流し、何とか自力で戦線を離脱した。
「俺の所為じゃないし。忙しいし、駐車違反だし」
照りつける太陽に手で日陰を作り、駐車違反の車のナンバーをチェックしていく。
今日は29度という真夏日並の気温で外に居るもの辛い。
しかし、駐車場と駐輪場のチェックは15分毎に見に行かなければならない。
「もー嫌だ!」
そんな事を言っていると、放送が鳴り響き自分の名前が呼ばれた。
なんだろう?と思いつつ受付に行くと、知り合いの人から電話とかで、何やら切羽詰るような話し方と聞いてから受話器を持つ。
「お電話代わりました、レジ担当の天月です」
『聖鷹(まさたか)!?聖鷹なの!?』
「はい、そうですが、どちら様でしょうか?」
『私!鈴原よ!』
殆ど話す事の無かった先輩からの電話だった。
中学時代に少しお世話になった人で、集団生活が嫌いだった自分の良き理解者であり友達である。
何も言わなくても大抵の事は理解してくれ、いつも優しく言い聞かせてくれては、言葉に出来ない程の安堵感を与えてくれた。
その先輩が、らしくもなく声を張り上げて電話をしてくるなど一度もなかった。
ましてや、仕事中だと分かっていながらも掛けてくる事はまず有り得ない。
「何かあったんですか?」
『夕姫(ゆき)が!夕姫が交通事故にあったのよっ!!』
「っ!?」
突然の報せで受話器を落としそうになるが慌てて拾い、詳しい事情を聞いた。
すぐに電話を切り、リーダーに話しをすると、今から行っても良いと許可が出た。
急いで着替え、タクシーで病院へと向かう。
病院へと向かう途中で渋滞に捕まってしまう。
このままではどうにもならないと判断したのか、タクシーを降り近くの友人の家へ寄って自転車を借りた。
渋滞でクラクションを鳴らす車を他所に道を猛スピードで走る。
数十分後に総合病院へと到着し、院内の手術室の前に行くと、そこには瞳から大粒の涙を零して泣いている先輩の姿があった。
「容態は?」
「……」
何を言っても答えられないほど重傷なのか、それとも、もう助からないのかとか不安が過ぎる。
仕方なく、彼女の横に座り、藁にも縋る思いで祈り続けた。
それから何時間の時が過ぎたのか分からないが、手術中のランプが消え、中から執刀したと思われる医者が出てくる。
「先生っ!!夕姫はどうなったんですか!?」
「せ、先輩、落ち着けって」
「ねぇ、どうなったのよ!!」
「はっきり言って、これ以上の時間を掛けて手術しては危険です。
体力にも限界が見られますし、内臓へのダメージが大き過ぎる。助からないかもしれません」
「そ、そんな……」
彼女は膝をガクリと落とし、手で顔を覆い泣いた。
助からないかも知れない……
その一言で彼女を絶望のどん底に突き落とすには十分な言葉だった。
最早、危険な状態という事で集中治療室へと運ばれる時に見えた、夕姫の姿はあまりにも痛々しかった。
あちこちから血が滲み出て、輸血と点滴の両方が両腕に差し込まれている。
苦しそうに息を荒げ、何か呟いているが、周りの声に掻き消されてしまう。
とにかく、泣きじゃくる彼女と一緒に集中治療室の前で、回復する事だけを祈り続けた。
「……神様、夕姫を助けて……」
「きっと、奇跡は起こるさ」
「奇跡は!奇跡は起こらないから奇跡って言うよっ!!」
聖鷹の一言に激怒したのか、大きな声で怒鳴りつけるように言う。
今の彼女がどれだけ焦っているかは容易に分かる。
けれど、今は何を言っても、その言葉を届かないと分かると治療室を後に、屋上へと一人向かった。
背中に突き刺さるような視線を感じながら、泣きたい気持ちを押え付けて、歩き出す。
ガンッ!!
目の前の鉄格子を思い切り殴る。
酷い激痛が腕を駆け抜けた。
また、何も出来ないのか?また、このまま何もせずに失ってしまうか?そう思うと、悔しくて悔しくて怒りが溢れ出てきた。
「また……また、失うのか!何も出来ないのかっ!!」
鉄格子を何度も殴りつけ、涙を流して叫び続けた。
助ける為の力が欲しいと、救う為の力が欲しいと、奇跡を起こす力を欲しいと叫び続けた。
誰も居ない屋上で、一人で願い、叫び、求め続けた。
赦されるのなら、奇跡が起こって欲しいと……
ガクリと膝を落とし、地面に座り込んでしまう。
もう立っている気力すら無くなってしまった。
このままで終わってしまうのかと、このまま失ってしまうのかと思ってた。
そんな事を考えていると、心の何処からか言葉が浮かび上がってくる。
それに逆らっていけないと本能がそう告げていた。
彼は心から聞こえてくる言葉に従い、何かを呟き始めた。
「全ての生けとして生ける者に命の循環があり、全ての生ける者に理がある」
何故こんな言葉が浮かび上がってくるかは分からなかったが、今はこの言葉全てが救いだった。
もしかしたら、夕姫を救う手掛かりになるかも知れないと思った。
「一つの命に限りない可能性があり、一つの命に強き希望の光が燈り、過去・現在・未来へと紡がれていく。
私は全ての命を救う者。揺ぎ無い意思と壊れ無き心を持つ者。私は彼等に守る者があるだと信じて、今、奇跡を起こさん」
長きに渡る言葉を言い終えると月の煌きが強くなり、病院全体を優しい光で包み込んでいく。
不思議な光景だった。
何故か、癒されていく感じがした。
静かだったはずの病院内からは歓声のような声が轟いている。
何が起こったのか分からないが、集中治療室に走って戻った。
扉を強く開け、何が起こったのか聞こうとする前に我が目を疑った。
あれほどの重傷を負っていたはずの夕姫が笑顔を浮かべこちらを見ていた事に驚きを隠せなかった。
奇跡を超えた奇跡としか言いようが無い。
「夕姫?」
「ごめんね、聖鷹くん。迷惑かけて」
「…迷惑だなんて思っていない。けど、どうやって……」
「どうやって助かったか?でしょ」
「……あぁ」
聖鷹は彼女の近くに座り、話を聞いた。
夕姫が言うには声が聞こえたらしかった。
自分には帰るべき場所、泣いてくれる者、待っている者がいると。
そして、まだ死ぬべきではない、だから引き返せと女性の声が聞こえ、気付いたら怪我も全部治っていたらしい。
「へぇ、そんな事が」
「麗香ちゃん、泣き疲れ寝てるみたいね」
そう言うと、自分の膝で寝ている彼女を見て、子供みたいだと笑った。
聖鷹もそれにつられて少しだけ笑う。
“助かった”今はその気持ちだけで胸がいっぱいだった。
どんな絶望でも諦めなければ奇跡は起こるのだと、今一度教えられた。
信じる事と幾重にも思いが重なった時、奇跡は起こる。
願わくば、これからも変わらぬ時が続く事を信じ続けたい。
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