V

「いきなりどういうつもりだ、小僧?――いや、カシムといったか」


そう、彼らは以前に会っていた。

ひょんなことからカシムは生命の窮地に陥り、そのとき偶然通りかかったのがこの男…ガウルンだった。

ガウルンはカシムを救出することなく残酷無残な爆撃をかましてその場を去り、カシムは頬に十字傷を負った(だけで済んだ)。

そういう、それだけの縁だった。


「名前はどうでもいい。とにかく、俺を連れて行け。ここにいては命に関わるのだ」

「ふん…」


男はカシムから向きなおすと、再び歩きだした。その先にはぼろぼろのジープが見える。どうやら、彼のものらしかった。

そして、数瞬後――


「待て!どこへ行く、カシム!!」


聞き慣れた低い声。やはり来た、カリーニンだ。エプロンを着用しているところを見ると、また昼食にボルシチを作っていたようだ。

そのただならぬ気配は男にも感じられたようだったが、いたく落ち着いた様子で男は訊いた。


「誰だ、ありゃ。おまえの知り合いか」

「そうだ。だが――常識を超えねば奴には勝てない。逃げよう」


意味ありげな台詞を言って、カシムは走り出した。彼は10匹の豚を抱えたまま強引に乗り込むと、カリーニンに向かって声を張り上げる。


「今まで世話になった!また会おう!!」

「行くぞ、カシム!」


いつの間にか運転席に乗り込んでいた男が、思いっきりアクセルを踏む。

ぼろぼろの見かけにそぐわないほどの爆発的な加速を見せ、彼らのジープは遥か遠くに走り去っていった。





「待て!どこへ行くのだ、カシム!!今夜も美味しいボルシチを作ってやるというのに――」

「カシムーーーっ」

カリーニンの叫び声は、まだかすかに聞こえる。しかし、彼は徹底的に無視し続けた。


「おいおい、いいのか?カシムさんよ」

「構うな。でないと、俺の命が危ういのだ」

「まぁ、どうでもいいがな…とりあえず豚はもらっておくぜ」

男はニヤリと笑い、面白そうに言ったのだった。

まだ日も高い、秋の日の午後。一日はまだ終わらない。















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