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「逃亡ついでに俺に復讐する気か?カシム…クククッ」

「……。とりあえず、ボルシチを食ったらすぐに出る。気にするな」


そう言って、彼はぼろぼろのジープを降りた。



***



「食えよ、カシム。ボルシチだ」


カシムの目の前には、ステンレス製のカップに入ったボルシチが置いてあった。

実に芳しい香りだ。カリーニンのそれとは何かが圧倒的に違うのだ。普通に、うまそうなのである。

カシムは黙ってそれを見つめ続けた。


「どうした、食わないのか?」

「・・・・・・」


彼は、それには口を付けないままゆらりと立ち上がった。


「同じ目には遭わん」

その刹那、カシムは裾から何かを取り出しそのまま空に放った。


閃光。


一瞬のうちにあたりは白い霧で包まれた。理由はわからないが、なんとも芳しい香りである。

カシムは間髪いれずにサブマシンガンを乱射する。銃声の合間に、何かの金属が散乱する音と男達のくぐもった声がかすかに聞こえた。


カシムはガウルンめがけて鍋を投げつけた。

当然のごとく、そこに彼はいない。中身のスープがその場にこぼれる。そこの地面一体はたちまち焼焦げてしまった。


近くの岩陰に身を潜めるガウルンに、カシムは目に見えぬほどの動きで背後から組み伏せて――


「!!」


おもむろに、油性マジックを取り出した。


「動くな、ガウルン」

「……」


きゅ、きゅっ。

横から、ガウルンの左頬に「十字傷」を見事に描き上げた。


「これで復讐は果たした。そして――貴様の行動など丸見えなのだ。もう少し工夫をしろ」


それを聞いたガウルンは、引きつった笑みを浮かべた。


「おもしれぇガキだな。思わず殺したくなるぜ」


カシムは無言で立ち上がった。



夕日が眩しい。

カシムは西に向かって歩き続けた。


「大尉。俺は…まだまだ、甘かった」


誰にいうともなく、静かにつぶやく。

世の中には、色々なボルシチがある。色々な家で作られるであろう温かいボルシチ。

それは多分、同じ味や普遍的な味などはどこにもないのだ。

硫酸のようなものを入れる家、ミソ・ペーストとココア・パウダーを入れる家。

どれもがそれぞれ個性であり、伝統であり、おそらく…なんともいえない気持ちがこもっているに違いない。


一応…帰ってみることにしよう。カリーニンのもとへ。

とりあえずは、この豚が手土産だ。…一匹しか持ち出せなかったが。

***



「…くっ」


ようやく空も黒ずんできた頃、ガウルンはこぼれたボルシチを見て呻くように言った。

穴だらけの紙束を見下ろす。まごうことなき、それは立派なレシピ本であった。


「せっかく心を込めて作ってやったというのに。…つれねぇな、カシム」





多分、この世で一番料理下手なのは彼である。







FIN











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