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出て行く決意はしたものの、それは想像以上に困難なことだった。
カリーニンといえどもやはりプロである。カシムが少しでも怪しげな行為を起こすと、たちまちそれに気づいてしまうのだ。
見つかるたびに、カシムは心の中で舌打ちする。
(くそっ…一体どうすればいいんだ)
自分の命が関わっているというのに、この男は凝りもせず殺人ボルシチを出してきやがる。
カリーニン本人にそれを食べさせてみようとしたこともあったのだが、作戦は見事に失敗。彼の苦労は無に帰した。
うまそうに一口すすると、今度はカシムに飲ませようとしてきたのである。
死に物狂いでそれを逃れると、彼は悟った。常識では彼に勝てない。
どうやらその殺人ボルシチに耐えられることの出来るのは、カリーニンただ一人だけであるようなのだった。
これではどうにもならないのだ。では、これから一体どうすればよいのか…?彼は途方にくれた。
そんなある日。 カシムは見張りの途中で豚を10匹ほど捕まえた。 (今日はこれを焼いて食べよう) これならあのボルシチを食わずに済む。 と、安堵の息を一つついて、彼がおもむろに豚を引きずりだしたそのとき… 背後から、声が聞こえた。 「精が出るな、ぼうず。みんなお前が捕まえたのか」 がっしりとした体格の、黒髪の男。食糧用なのか、手には大きな豚を一匹ぶら下げている。 そしてどことなくいやな笑みを浮かべ、カシムを見下ろしていた。 「そうだ」 彼ははそっけなく答えると、あたりに散乱する豚を見渡す。 「だとしたら、実に将来が楽しみだな。名前は?」 |
「カシム」
「カシム。この戦争はじきにおまえの負けだ。俺のキャンプに来てみるか?豚も弾薬もASの部品もあるぜ」
「断る」
彼がここを出て行きたいのは事実だったが、この男についていこうとは思わなかった。
「そうかい。じゃあ達者でな」
男は取り立てて反応はせずに、
「うちにはうまいボルシチもあるぜ」
こう一言付け加えてから、北へ歩き出した。
ごとり。
その瞬間、彼の心もまた音をたてて北にずれた。
「待て」
「?」
怪訝そうに男が振り返ると、カシムはまっすぐ見据えてこう言った。
「俺も連れて行け。豚はおまえにくれてやる」
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