「もー!なんなのよ、あいつらは!絶対何か企んでたわ。策士なのよ!!
絶対お土産とか買ってやんないから!!」
「そうか」
部屋に着くなり、かなめは早速喚き散らした。微妙に顔が赤らんでいる。
宗介といえば、そこはかとなく満ち足りた表情で部屋のすみっこでもくもくとカロリーメイトを食べていた。
「ったく。あんたはいいわね。気軽で、鈍感で」
「そんなことはないぞ。常に周囲の敵には気を遣っている」
「そういう意味じゃなくて!」
「…どういう意味だ?」
「アレよ!こういう…その。ほら」
赤くなりながらも手足を使って巧妙なジェスチャーをするが、ただの不思議な踊りにしか見えなかった。
「……全くわからん」
「………。もういい。お土産買いに行ってくる」
「矛盾してるぞ……」
宗介はこめかみに脂汗を浮かべた。
****
なんだかんだ言って、彼らもそれなりにいろんなところは観光してきたのだった。
いつも通り彼は持ち前の戦争ボケを余すところなく披露した。
突っ込みに疲れきって、夕食を済まし、部屋に戻ってきたころには既に夜中。
「疲れたー。じゃ、行ってくるわね」
「こんな時間にどこへ行く」
「温泉。一日の最後だし、あんたのせいでボロボロだし、これくらいは楽しまないと」
「そうか。では俺も一緒に――」
「来るなっ!!」
いきなりものすごい形相で怒鳴りつけられたので、宗介はびくりと身を強張らせた。
ここ数日分のイライラがつのってきた。
それというのも、こいつと来たら普段のときとまるで態度が変わらない。
今日一日、いちいち気遣ったりうろたえたりしてたあたしが馬鹿みたいじゃない?
「あんたはここでボン太くんの手入れでもしてなさい」
「だが、もしものことがあったら…」
「来 な い で !」
宗介の意見を一蹴してから、かなめはつかつかと部屋を出て行った。彼の顔も見ずに。
――ああ、しまった。
あたしは、またいつもと同じ間違いをしている。
煮え切らない気持ちで適当に体を流すと、外への引き戸が開いていた。
なるほど、ここから露天風呂に入るわけだ。
(うわー……)
ささくれだった心境でも、そこからの景色が絶景であることは彼女にも理解できた。
眼下は漆黒の森が広がっていて、それとは対照的に頭上には数え切れないほどの星々がちりばめられていた。
口半分まで湯に浸して、天頂の絶景を仰ぎ見る。
煌々と煌く空の星とときおり吹く風と森のざわめき、近くで湯の跳ねる音。
それ以外の光もなく、音もなく、人もない。
いまこの世界にいるのは、自分だけかもしれない。そんな気すらしてくる。
(ひとり、か……)
ここに、アイツがいたら。
この世界にいるのはあたしたち二人だけだとしたら――
(馬鹿っぽいなあ、あたし)
ため息をつく。
「千鳥」
…………
「ひっ!!!?」
そ、その声は――まさか。一縷の不安と完璧な確信が彼女に過ぎる。
「そ、ソースケ!?あんたなんでここにいるのよ!!」
「なんでと言われても…ここの露天は混浴だそうだからな」
「………」
そんな、いくらなんでもベタすぎる。
キョーコたちが、まさかそこまで企んでいたとでもいうのか。風呂の形態までも計算して…!!
思わず、くわっと目を見開いて振り返った。
「ひゃ!!」
「あ、いや、こちらは向かなくていいんだが」
「うぁ…」
あわてて背を向ける。
ああ、なんだかもうわけがわからない。
頭がふやけてきたような気がする。顔が異様に熱っぽい。
それよりも、きちんと隠せてただろうか…
「千鳥」
「な、何よ」
「その…俺は、何か悪いことでもしただろうか」
「……」
「もし俺に問題があれば善処しようと思うし、謝ろうとも思う。だが、やはり思い当たらない。
何かあれば、教えてほしいのだが…」
ああ、やっぱり。こういうところに限って、こいつは敏感なのだ。
「……別に…なんでもないわよ」
かなめは、湯に顔半分浸してぶくぶくと気泡を漏らした。
「理由がないのか?」
「わかんない」
言えるわけないでしょう。
あたしが勝手にあんたが好きで、勝手に思い込んで機嫌悪くしてるだけなんだから。
「……そうか」
「…………」
「千鳥、君は………」
「何?」
「…いや。何でもない」
しばらく、どことなく重い沈黙が流れた。
ふと、遠くで聞こえる水の音。
(……!!)
彼が近づいてくる気配が感じられる。自然と肩が強張り、タオルきつく押さえて彼女は息を止めた。
何故だか、声が出ない。
「…千鳥」
あの聞きなれた低い声が、今までにないくらい近くで聞こえる。いつもとは違う。
「な…何で来るのよ」
「近くで聞きたいからだ」
「……。なにか言いたいことでもあるんでしょ?」
「…ああ」
躊躇しているかのように長い沈黙を置いてから、彼は重々しく口を開いた。
「まだ、怖いか?」
『――俺のことが。』
何を言ってるのかはすぐにわかって、順安事件の森で交わした、あの会話が甦る。あのときの二転三転する激情のようなものも一緒に。
こいつは、あの時からこれをずっと抱えていたのだ。
かなめは強いていつもどおりの口調を努めたが、全く自信がなかった。
「そんなこと気にしてたの?」
「……いや……」
「大丈夫よ」
「………そう、か」
背後から聞こえる宗介の声は、あのときと同じくらいに弱々しく聞こえた。
これじゃ、だめだ。
かなめはタオルを押さえて、上身を後ろ側に軽く反らせた。
彼の胸に自分の頭がごちんと当たり、彼の少し驚いたような表情と星空が視界に入る。
そう、まっすぐ目を見つめて――
「そんなに信用できないなら、自分で判断したらどう?」
「………」
暗闇の中、彼の前髪からぽたりと雫が落ちた。
「…わかった」
「なら、いいわ」
ざばっと前に半身を倒す。視界の中に彼は消えた。
「そろそろ出ようかな…」
「そうか」
「あんたは?」
「一緒に。君を守らねばいかん」
「あっそ。じゃ、お先にね」
「は?」
「先に行くから、こっち見ないで」
「り、了解」
結局は、どっちも似たようなことを抱えていた。
それがわかって、だいぶ気分が良くなったことに気がついた。
「あー。眠いわ……」
「もう少しの辛抱だ。寝るな」
「あんたとは違うんだから、歩いてる途中になんか眠れないわよ…」
「そんなことをした覚えがないが」
「かー、うるさいっ!!」
青空の広がる真昼間に、ふらふらと帰路につく。
どういうわけだか、全く寝ていない。
部屋に戻った時点で夜中に近かったから、どうでもいいような話をつらつらと語るうちに気づくと雀が鳴いていた。
宗介もそれほどおしゃべりではなかったが、それなりに相槌も打ってくれたし、普段耳にしないようなことも話した。
心のどこかで期待していたアレな雰囲気だのなんだのは無かったが、こういう形で正面を向き合ったのは、初めてだ。
違う場所に行っても結局変わらない自分たちにすこしばかり安堵して、駅のホームへと向かう。
場内アナウンスが流れて、彼らは駆け込んだ。
たちまち、煙を噴出すような音とともに扉が閉まる。
「間に合った……」
「ああ」
「席もけっこう空いてるわね。よかった」
「寝ていいぞ」
「うん。降りるとき教えて」
「了解」
視界が暗くなって、意識がだんだんと遠のいていく。
心地よく揺れる車内。外からの日差しと彼の体温は、目を瞑っても感じられる。
そう、あたしは寝ているのだ。
寝ているだけなんだから、彼の肩に少しばかり体重を預けても構いはしない。不思議な勇気。
そのまま、ちょっとした悪戯心でその首にキスしてみるとかいうことも――
「っ……!?」
さすがに彼の体が強張ったのがよくわかり、かなめは密かに含み笑いをもらした。
▼あとがき
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