【SUMMER OCEAN】後編

 

 

小鳥達の囀りが聞こえる。

 

静かな早朝は気温も低く、今日も涼しい風が吹いている。

 

龍は目が覚めると、ゆっくりと身体を起こした。

 

天使の様な寝顔で寝ている姉の髪を軽く梳り、頬を突いてみる。

 

「うぅん」と声を洩らし何度も寝返りを打つ姿を見て微笑んでいた。

 

 

「さてと、姉上が起きる前に着替えますか」

 

 

力いっぱい背伸びをしてから、静かに布団から出る。

 

パジャマのボタンに手を掛けると後ろから不意に抱き付かれた。

 

 

「あ、姉上?」

 

「私を置いて何所へ行くつもりですか?」

 

「着替えるだけですよ。更衣室を使って水着に着替えるのは面倒だからね」

 

「では、あっちを向いてますわね」

 

「そうして頂けると助かります」

 

 

龍は慣れない敬語を使いながら素早く着替え振り返ると、

浴衣を脱ぎかけている奈々夏が居る事に気が付き慌てて後ろを向いた。

 

顔を少し赤く染め頬を掻く。

 

それから朝食も済ませ海へと向かった。

 

まだ早い時間にも関わらず、大勢の人があちらこちらにと人垣っぽい物が出来上がっていた。

 

 

「…うそ」

 

「良い場所があれば良いのですけど」

 

「取り敢えず探すしかないか」

 

「そのようですね」

 

 

軽い溜息を吐きながら人の群れに突入していく。

 

夏だから暑いと言うよりも、人垣の所為で暑いと言った方が的確なのかもしれない。

 

 

「良い場所、見っけ♪」

 

 

龍はそう言うと素早くパラソルを広げ、折り畳み式のチェアーを二つ並べる。

 

クーラーボックスを置くとチェアーに腰を掛けた。

 

 

「ふぅ、これで良しっと」

 

「……」

 

「どうかした?」

 

「それは、その……」

 

 

口篭る奈々夏を見て頭に?マークを浮かべる。

 

何か言い辛そうというか、羽織っているコートを脱ごうとしない彼女の行動で
何となくだが理由が分かった。

 

 

「水着が似合わないからとか思ってるでしょ?」

 

「はい……」

 

「笑ったりしないよ。それに腰にパレオを巻いてるみたいだし」

 

「本当に笑いませんか?」

 

「約束するよ」

 

「分かりました。それでは」

 

 

奈々夏はゆっくりとコートに手を掛けて脱いで行く。

 

 

「へぇ」

 

「あの、やっぱり変ですか?」

 

「凄く似合ってるよ」

 

「本当ですか?」

 

「うん」

 

 

龍は奈々夏の水着姿に釘付けだった。

 

シンプルなビキニタイプで、清楚な感じを漂わせている。

 

しかもスタイルの良い彼女には丁度良いくらいで、周りの男達の視線が一斉に彼女に集まった。

 

奈々夏は少し戸惑いながらチェアーに腰を掛け、サングラスをかけた。

 

 

「ねぇ、折角来たんだから泳ごう」

 

「そうですわね。泳ぎましょうか」

 

「うん」

 

 

いつものクールなの龍は何所に行ったのか、子供のように笑顔を浮かべはしゃいでいる。

 

楽しい時間が経つのは早く、気が付けば太陽が海へと沈みかけていた。

 

二人は更衣室で私服に着替えた後、待ち合わせ場所から旅館に帰った。

 

その帰り道で何故か彼は後ろを振り向いてばかりで軽い溜息を吐いていた。

 

その後も何度か悲しげな表情を見せる彼の横顔など、奈々夏には気になって仕方なかった。

 

食事の時の会話なども盛り上がり海水浴で疲れたのか、彼女は9時頃には寝付いてしまう。

 

そして一人起きている龍は、彼女を一人残して海岸へと向かった。

 

 

「ほんと、綺麗だよな……」

 

 

一人空を見上げポツリと独り言を呟いた。

 

夜空に浮かぶ金色の月と強い輝きを放つ星々を眺め、昔の事を思い出し黄昏ていた。

 

まだ小さくて無力だったあの頃……何一つ守れなかった日々が悔しかった。

 

たくさんの物を失って泣くばかりで誰も助けてくれなくて、
何も出来なくて見てる事しか出来なくて、

それがどんなに悔しくて、悲しくて、自分自身を憎く思ったのか。

 

思い出すと心の底から、あの日の自分への悔恨が募るばかりであった。

 

そんな事を思い出していると、後ろから人が近づいてくる気配がした。

 

この星空を眺めようと来た観光客だろうなと思っていると不意に声を掛けられる。

 

不思議に思った龍は声がした方に振り返ると懐かしい女性が立っていた。

 

 

「久しぶり、西音…じゃなくて、龍ちゃん」

 

「九重(このえ)……ちゃん?」

 

「覚えててくれたんだね♪」

 

「当たり前だろ?また必ず会おうねって約束したんだから」

 

 

彼女とは幼稚園の頃からの付き合いだったのだが、

小学4年生に上がる頃に両親の都合で遠くへと引越ししてしまったのだ。

 

それ以来、ずっと電話や手紙などの連絡はあったものの直接会うのはかなり久しい。

 

 

「すっかり大人っぽくなったな」

 

「龍ちゃんは相変わらず子供っぽい顔立ちしてるよね♪」

 

「はぁ……言うと思ったよ」

 

「でも、本当に懐かしいよね♪私達がまた会えるなんて」

 

「そうだな、良かったよ。また会えて」

 

 

彼は無邪気な笑顔で九重を見つめた。

 

九重は顔を紅くして、龍の背中を照れくさそうにバンバンと叩いく。

 

少しだけ咳き込むとまた星空を眺め先ほどとは違う優しさの溢れる表情をしていた。

 

そんな彼の横に寄り添うように、九重は龍に寄り掛かり同じように空を見上げた。

 

お互いの再会を喜ぶ会話も飛んだりもした。

 

一番多く言葉に出たのは、二人が互いを想い続けた事。

 

どうしても伝えたかったたった二文字の言葉……。

 

電話や手紙でも伝える事が出来たはずなのに言ったりも書いたりもしなかった。

 

何故か直接会って言いたいと心からそう思った。理由なんて無い……。

 

ただ自分のこの想いを手紙でもなく電話でもなく、再会を喜び合うものとして言いたかったのだろう。

 

 

「ただいま♪それとこれから宜しくね、龍ちゃん」

 

「こちらこそ。それと、おかえり」

 

「うん♪」

 

 

心地良く吹き抜けて行く風は、微笑ましい二人の再会と告白を祝福するかのように優しく、

そして全てを包み込むように吹き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

おわり










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