【SUMMER OCEAN】前編
じりじりと照らしつける太陽と吹き抜ける熱風。
すでに春は過ぎ、夏の季節となっていた。
こんな暑い時も人垣ができ、より暑さを増させる原因でもあった。
自然公園の巨木の木陰で寝転んでいる一人の少年は気持ち良さそうに寝ている。
その少年に気付かれまいと静かに近寄って行く影があった。
「龍さん、起きて下さい」
口調からすると、どうやら女性のようで彼を必死に起こそうとしている。
龍は「う〜」っと声を上げながら身体を起こすと瞳を擦って大きな欠伸をした。
「おはよう、奈々子姉ぇ」
「違います!!わたくしは奈々夏です。全くどうして御間違いになるのですか?」
「ん?あっ、ホントだ。姉上」
「奈々子さんと一緒にしないで下さい」
奈々夏は頬を膨らませて拗ねてしまう。
いつもの事なので敢えて彼女の態度を無視して用件を聞く。
まだ拗ねているようだったが、龍の頬に手を重ねて自分の顔を近づけていく。
あと数cmのところで唇が触れそうになったが“スルリ”と難なく交わされてしまい、呆れ半分で首を横に振った。
「それが用件なら帰ります」
龍は無表情のままで立ち去ろうとすると小走りで奈々夏が後を追って来た。
軽く溜息を吐くと立ち止まり振り返る。
「それで、本当は何の用ですか?」
「海に行きませんか?」
「何で?」
「折角の夏休みですから」
彼は少し考える振りをして頭を傾げる。
心配そうに奈々夏が見ていると、軽く微笑みOKをした。
どうやら嬉しかったらしく龍の腕を取りグイグイっと引っ張って早くと行こうと急かす。
龍は、「はいはい」と言って転ばないように歩く。
家へ着くと玄関には宿泊用の荷物が置いてあり、出発の準備がされていた。
「陰謀だ……」
「さぁ、早く行きましょう♪」
「良いのか?姉様達を置いていって」
「日常では龍さんとの時間を譲っていますから、たまに独占しても罰は当たりませんわ」
「それもそうだな」
物音を立てないように荷物を担ぐと車庫へ向かった。
龍は奈々夏と二人になる時間が少ないため、彼女に誘われれば極力断らないようにしている。
日頃は彼女の姉妹に強制的に連れていかれ家の中でも独占状態が続き中々会話できないのだ。
もし仮に会話が出来たとしても食事中か就寝時間の僅かな時間だけなのだ。
だから、龍は彼女に誘われると嫌な顔一つせずに応じる。
「なぁ、どんな水着を着るつもりなんだ?」
「着いてからの御楽しみという事で♪」
「その方が良いかも・・・・・・」
「フフ♪」
車の窓を開けると風で髪が靡く。
黒い長髪が輝き川のように流れ、とても綺麗に見える。
そんな彼女にしばし見惚れてしまう。
「相変わらずか・・・・・・」
「何か言いましたか?」
「ううん、別に」
「変な龍さん」
何故か彼女には人を惹き付ける何かがあるのは前から知っている事だったが何処か
以前よりも大人の顔をしていた。
薄いピンク色の口紅を塗り、それ以外は化粧らしい化粧はしていないはずなのに
どうしてこんなに綺麗なんだろうなぁと思っていると、彼の視界に真っ青に広がる海が飛び込んで来た。
わずかに潮の香りが風と一緒に流れてくる。
暑ささえも忘れさせてくれる程の光景でもあった。
「綺麗だねぇ」
龍が一人で感動していると奈々夏は微笑み横目で彼を見つめていた。
少し頬が紅潮しているのは気の所為ではないようだ。
人前ではそんな子供っぽい仕草を見せない彼だからこそ自分の前では 素直に居てくれる事が何よりも嬉しかった。
「もうすぐで着きますわ」
「うん♪」
「うふふ、まるで子供ですわね♪」
「いいんだよ、姉上の前では本当の自分で居たいと思っているんだから」
「変な龍さん」
彼は少し頬を膨らませそっぽを向く。
悪気が無いのは分かっている事だったからお互いに冗談で言い合ったりする。
普通ここまで仲の良い姉弟は珍しいのかもしれない。
車から降り、荷物を背負うと旅館に足を向ける。
龍は入り口まで来ると唖然として見上げてしまった。
「大きい……」
それもそのはず、旅館として呼ぶのが相応しく無いくらいに大きく、見掛けは古い建物のように出来てはいるが五階建てというのは珍しいと言えば珍しい。
奈々夏はそんな事も気にせずに彼の腕を引っ張って建物の中に連れて行く。
初めて来た人なら誰でも驚くの間違いない。
「「「いらっしゃいませ」」」
「予約を入れてあった西音寺と言いますけど」
「ただいま、部屋に案内させて頂きます」
数名の女性が彼女達の荷物を持ち、部屋に案内してくれた。
和風作りで感じが良い部屋だった。
窓を開けると蒼い海が広がり何とも景色の壮麗さとでも言うのだろうか、本当に感動するくらいだ。
長旅で疲れてしまったので海へ行くのは明日となり今日は旅館でゆっくりと休む事にする。
「さてと、旅館の楽しみと言えば」
「露天風呂の温泉ですわね♪」
「人の台詞を………」
「さぁ、早く行きましょう」
龍は深呼吸すると少し疲れた顔して温泉に向かう。
もちろんだが男女別々なのは当たり前。
ここで混浴と言おうものなら迷わず断っていたに違いない。
素早く脱衣すると重たい足取りで浴場に入る。
「あれ?誰も居ない。何で?」
温泉だから、この時間に人がたくさん入浴していて当たり前と思っていたのが人一人居ない。
龍は首を傾げただ考えるだけだった。
まぁ、良いかなどと言いながら軽く身体を洗い旅の疲れを癒す様に湯船に浸かった。
「はぁ、良い湯だったぁ」
髪の毛を拭きながら脱衣所を出ると出入り口で奈々夏が待っていた。
彼女も上がったばかのなのか髪が少し湿っている。
「お待たせ」
「わたくしも今出てきた所ですわ」
「結構、良い湯だったよぉ♪ここの温泉は疲れが取れるねぇ」
「えぇ、あっというまに疲れが解れてしまいましたわ」
「んじゃ、まぁ、部屋に戻りますか?」
龍は背伸びをすると部屋へと歩き出す。
奈々夏は慌てて彼を追い駆けて腕を取り強く引き寄せた。
彼女の行動に少し驚いたもののすぐに微笑み自分の頭を掻いた。
それから部屋で食事を済ませると明日の為に早い就寝に着く。
「おやすみ、姉上」
「ねぇ、龍さん?」
「何?」
「そ、その、手を握っても良いですか?」
「はい」
彼は奈々夏の前に手を差し出すと彼女は安心したように龍の手を握る。
「おやすみなさい、龍さん」
「うん」
その後、二人は深い眠りへと誘われて行った。
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