君の魔法

 

 

 

 

上がって、下がって。

上って、下りて。

まったく、面倒な物だ。

君が俺にかけた、一生解けないこの魔法は。

 

「ソースケ?」

小首をかしげると、長い黒髪が細い首筋をさらさと流れて落ちる。

その様を満足の行くまで眺めてから、俺は視線を彼女の瞳に合わせた。

「何だ?」

「何だじゃないわよ!あんたがぼーっとしてるからでしょ」

童女のように膨れっ面を見せると、彼女はベンチに座る俺の横に陣取った。白い頬が人形めいて、夕日を茜色に映している。

小さな公園にはこの時間人の気配が無く、駆け回る子供さえ見当たらない。ふいに窮屈に感じた学生服の詰襟をくつろげると、新鮮な風が停滞していた服の中の空気をさらって行く。それと同じ風が、彼女の制服のスカートも揺らしていた。

「・・・どうか、した?」

「いや、何も無い」

上って。

「あっそ!別にあんたが凹もうが沈もうが、あたしにはどうでも良いけどね」

「・・・そうか」

下がって。

まったく。

「面倒なモンね」

思考を読まれたような錯覚を起こし、俺が口にするはずだった言葉を唇に乗せた彼女へ視線を移す。

「・・・何がだ」

「感情が、よ」

「面倒か」

「そうね。この場合は、間違ってないと思うわ」

俺とは比べるべくも無いが、それにしても常人よりは遥かに感情表現豊かな彼女から、そのようなセリフが飛び出してくるとは思いもしなかった。

「浮いたり沈んだり、ちっとも思い通りにならないから」

「ならないか」

「ならないわね」

「君でも?」

「誰でもよ」

やっと告げる事が出来た想いは、たどり着くまではそこが終着点なのだと思い込ませておいて、実際にそこに立ってみればまた遥か先に別の終着点を用意している。

俺と君との間に何も変化が起こらないのは、俺がその場で二の足を踏んでいるからではないのだろうか。それとも、何時の間にか君が俺の手を引きすでに歩き出しているのか。

後者は願望だという自覚がある。だから、俺は。

「君の感情を左右する物は何だ?」

「自分以外の全て・・・だったけど、今は割合が変わったかな」

「割合?」

「そうよ」

彼女は近くに落ちていた木の枝で円を描くと、時計の針が九時を指すように線を引いた。少々いびつであるが、円グラフのつもりらしい。

「今までは、半分を一つに握られてるわね」

「そんなに?一体何にだ」

「分らない?」

「全く」

すると、彼女は恨めしそうな赤い顔で俺に人差し指を突きつけた。

「俺?」

「そうよ。他に居ないでしょ。それとも、既に浮気を疑ってるとか?」

彼女はそんな、安っぽい女ではない。俺がそう明言していると承知であえてそう口にするからには、そこに悪意の存在は否めないだろう。もっとも、不用意な発言をした俺に非があるのだから反論もままならない。

「では、残りは何だ?」

「簡単じゃない。元の通り、自分以外の全て・・・と言いたい所だけど、ちょっと違うわね」

すると彼女は、残りに更に線を引き二つに区切った。圧倒的に片方が割外的に多い。

「このちょびっとが今までと同じ。で、残りは、あたし自身よ」

「それは、俺の影響なのか?」

「さあ。でも、キッカケだったにしろ原因だったにしろ、同じ事よ」

「そうだな」

彼女の頭の中ではグラフのように理路整然と、この行き場の無い思考が整理されているのか。

上がって、下りて。

君は大した魔女だ。君自身が認めなかったとしても、それは厳然たる事実だろう。

何も持ち合わせなかった俺に、君は同じ物を与えた。だが君にはそれが理解出来ているのに、俺の中では未処理のまま燻っている。

これは、フェアではないのではないか。

もっとも、魔女と従者では対等である筈などないのが現実だ。

俺は彼女がかけた魔法によって、彼女の僕に成り下がった。自ら望んでそうなるように、彼女の手によって。

「君は、魔法を信じるか?」

「何よ、藪から棒に」

「いや、大した問題ではない」

「あんたがそう言う時って、対外正反対なのよね。あたしは、魔法なんて信じないわよ」

「そうか」

「そうよ。都合の良い物なんて、頭の中にしか存在しないわよ。魔女のほうきは、現実から逃げる為にその人がまたがる物よ」

「逃走用車両か」

「現代的に言うとね。魔女の正体何て、どうせ都合の良い物の寄せ集めじゃない」

まるで俺の頭の中身を君が望遠鏡で覗いて抗議しているようで、落ち着かなくなる。

やはり君は、魔女なのだ。

妄想の産物でも、現実逃避の道具でもなく。

俺にまたしても魔法をかけた。今度は、逃げ道を塞ぐ呪文だ。

「・・・都合の悪い物かもしれないぞ」

「そうね。だからそう言ってるじゃない」

全く逆なのではないだろうか。いや、恐ろしく広い見方をすれば、確かに同類なのかもしれない。

「俺は、魔女は信じるぞ」

「逃げたいから?」

「いや。目の前の現実は、受け入れると決めているからだ」

「何よそれ。魔女を見たワケ?」

「ああ。だが、君には話さない」

「何でよ」

「俺にも黙秘権があるからだ」

例え魔女とその従者でも、それ位の自由は許されると思いたい。

「あっそ」

「・・・あっさり引き下がったな」

「だって、どうせあんたは、結局あたしに話すから」

ああ、やはり敵わない。

君の魔法は、俺から自由と孤独を少しずつ奪って行く。












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