【決意】
それは、唐突な事故にしか過ぎなかった。
一度は捨てた命だと言って飛び出した。
守る為に自らの犠牲を厭わない者の宿命なのかもしれない。
出来れば、そんな運命を断ち切る力が欲しかった……。
――某総合病院・手術室前。
深夜遅くに運ばれてきた一人の青年は、至る所から出血し傷を負っていた。
声にならない呻き声を上げ、息を荒げ、霞み遠のいていく意識を保とうと必死に足掻いていた。
あちこちから聞こえてる専門用語、時折痛む傷口に何かが押し当てられる感覚。
いろんな人の焦る声が聞こえてくる中、意識は混沌とした闇に誘われて行く。
そして、いつも夢に見ていた光景が目前に広がっていた。
「ここは……」
「ここは、貴方の心の世界」
振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。
黒いローブに身を包み、紅く光る不思議な目で青年を見つめていた。
なんとなくだが、今、自分が立たされている現状が把握できた青年は
元の世界に戻る方法を目の前の女性に問いかけたが、答えは返ってこなかった。
「要するに、戻る方法がないって事なのか、それとも自分で探せという事か」
「戻れないわ」
「言い切るねぇ」
「貴方は世界に絶望してるもの」
一見根拠のないようなその言葉に、ずきり、と胸の辺りに痛みが走った。
自分は心の何処かで、世界よりも人に絶望を抱いていた。
目先の欲望に目が眩み、他人の迷惑を考えない愚かな人々が嫌いで、
騒がしすぎる車の騒音や、バイク、電車の音が余計に怒りを駆り立てた。
所詮、人は偽善でしかないと。
「あっはっはっは」
「!?」
「確かに、人に絶望を抱いているかもしれない。けどね、そんな世界にも、希望を望み生きる人も居るんだよ。」
「自分を偽ってまで人の為に生きる理由があるとでも言うのかしら?」
「いつだってそう……守るべきもの、信じてる想いがある。
そして、誰にも譲れない願いがある。だからこそ、どこまでも誇り高く、強くなっていけるんだよ」
「それは、偽善でしかないのよ」
追い討ちを掛けるような冷めた言い草に思わず苦笑してしまう。
偽善でしかない人の心を信じていると言っている様に聞こえるが、実際は、人の持つ優しさや、強さを信じているようにも聞こえる。
ただ、世界に蔓延る憎悪だけを見ていても何も変わりはしないと、初めから理解していた。
だから、今、自分に出来る事を考え、行動するべきだと思った。
「誰かが悲しむ姿も、涙する姿も見たくない。
――だから今、ここで死ぬ訳にはいかないんだ」
青年が自分の意思を決め、言い放った時、黒く曇った空を消し飛ばした。
それは、彼の今の心を表しているかのようだった。
「新たなる決意……か」
「ゼノアス!!」
彼が空に手を翳し、叫んだと同時に巨大な龍が出現し、青年を自分の背に乗せ、巨翼で羽ばたいた。
「いつか、人の時代には終りがくる。だが、その時まで戦い続けよう!」
彼は右腕を空高く振り上げ、新たなる決意と共に空に消えていった。
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