一夜漬けのラブ・レクチャー




「――――それで? 結局キョーコはダメなわけ?」

深夜のマンションの一室で、千鳥かなめは、親友の常盤恭子と電話で会話していた。

内容はというと、先日恭子が福引で遊園地の招待券を当てたので、週末に遊園地に行こう、というものだった。

しかし、どうやら当の恭子は用事があって来れないらしい。

『ゴメーン、カナちゃん。この埋め合わせはいつか必ずするから』

「う〜ん、日を改めて、っていうのは?」

『ダメダメ。招待券の期限その日までなんだから』

「でもそれじゃあたし一人じゃない」

『一人? な〜に言ってんの? カ〜ナちゃ〜ん?』

恭子がいやにうれしそうな声で聞き返してくる。かなめはいやな予感がした。

「そっ、ソースケとは行かないからねっ!」

『な〜んでそんなムキになって否定するのかな〜? カ〜ナちゃ〜ん?』

「う」

『それにあたし一回も相良君の名前出してないんだけどな〜? カ〜ナちゃ〜ん?』

「な、なな、何言ってんのよ。うは、うはははは」

『ほんとにカナちゃんって分かりやすいなぁ……』

恭子は電話の向こうでため息をついた。

『とにかく、相良君誘ってあげなよ。週末は久々に日本で過ごせそうだって言ってたし。
相良君にはあたしから連絡しておくから。』

「ちょっ、キョー――」

『じゃあね。二人でしっかり楽しんできてね〜』

 ガチャッ。

 ツー、ツー、ツー――

「って言うか、なんでキョーコがソースケの予定知ってんの……?」

かなめは、疑問を持ちながら受話器を置くと、盛大なため息をついた。

 

どんなに待ち望んでいようともいなくとも、週末はやってくる。

天気は快晴。雲ひとつない晴れやかな青空。しかし、かなめのテンションは、
そんな天気とは裏腹に、暴風波浪警報発令中だった。

「あの戦争バカと遊園地に行って、いったい何しろってのよ」

 口ではそう言うかなめだが、今日は、2時間かけて服を選んできていた。心のどこかでは何かを期待している――

「いかんいかん。ソースケ相手にそんなことはあり得ない。絶対。なにがあっても!」

 思考が違う方向にそれ始めたのを、頭を振って元に戻す。

「それにしても――」

 かなめは自分の時計をちらりと見た。午前十時五分。待ち合わせは十時のはずだった。

「おっかしいなぁ、ソースケが約束の時間守らないなんて。ま、どうせ任務だろうし、来なかったら、
それはそれで――」

 その先を言いかけたところで聞きなれた声がした。

「すまない、遅くなった、千鳥」

「え、あ、ああ。べ、別にいいわよ。それより……さっきの独り言、聞こえた?」

「独り言? 何のことだ?」

 どうやら聞こえなかったらしい。かなめは胸を撫で下ろすと、宗介の服装を見た。

黒いTシャツにいい具合に色の落ちたジーンズ。

腕にはさりげなく銀色の腕輪、という、宗介にしてはしゃれた格好だった。

どうやら、任務を終えて直行して来た、というわけではないようだ。

それよりもどこかやつれている気がする、目の下にも、うっすらとだがクマが刻まれていた。

単なる寝坊だろうか。

「ああ、別にいいの。それじゃ、行こっか」

「ああ」

 

 目的地の遊園地は、かなり遠くにあるので、二人は電車に乗った。

電車に揺られながら、かなめは遊園地で起こるであろうことを予測した。

(まずいなぁ……きっと、お化け屋敷みたいなとこに行けば、『千鳥、危険だ! 下がっていろ!』
とか言って、手榴弾で爆破したりマシンガンとかぶっ放すんだろうなぁ……)

かなめはそう思いながら宗介を横目で見た。

ところが、宗介の荷物に銃器の類は見当たらない。

宗介自身も薄着で、拳銃一丁すら隠せないような格好だった。

(どうしたんだろ、ソースケ……いつもなら、『人が多いところは襲われる危険性が高くなる。

より護衛を強化しなくては』とか言って、全身武装してきたりするのに……)

「千鳥」

「え、な、何? どうかした?」

「これはこっちがききたいことだ。着いたぞ」

「ああ、ゴメン。ボーっとしてた」

 電車を降りたかなめは考え直した。

(そうよ、たまにはそんな日があってもいいじゃない。いっつも暴走してるんだから)

 

遊園地に着いても、宗介の行動は奇妙(一般的に見れば普通の行動なのだが)だった。

「千鳥、次に乗りたいものはあるか?」

「千鳥、何か飲みたいものはあるか?」

「千鳥、疲れたのならそこで休むか?」

 ずっとこんな調子である。

(おかしい……)

 かなめは極力気にしないことにしていたが、さすがに今日の宗介には不信感を抱いていた。

(いくらなんでもおかしいわ。今日のソースケどうしたんだろ? なんかあったのかしら……?)

「千鳥」

「え?」

「どうしたんだ、今日は? 電車に乗ったときから様子がおかしいぞ」

「……おかしいのはソースケの方じゃない?」

「何?」

「おかしいよ、今日は、なんか普通じゃないもん」

「俺は普通だが」

「どこが普通なのよ! いつもなら物騒なもの持ち歩いて、ことあるごとに暴走してるじゃない!」

「むぅ……」

 言ったあと、かなめははっとした。もしかしたら、宗介はいつも暴走していることを反省して自分のために
無理をしてるのではないのだろうか? 

そう思うと、急に自分のやったことが恥ずかしく思えてきた。

「……ゴメン」

「いや、こちらこそすまない」

「いや、ソースケが謝ることなんてないのよ」

「そうか、すまない」

「だから謝らなくていいんだって」

そういってかなめは笑った。さっきまでの疑問が消え去った、自然な笑いだった。

「それにしても――」

 そういいながら、かなめは辺りを見回した。歩いている人、座っている人、そのほとんどがカップルだ。

「もしかしたら、私たちもそう見られてるのかな……」

かなめは誰にも聞こえないようにつぶやいた。

「どうした、千鳥?」

「ううん、なんでもない。そろそろ帰ろっか?」

 かなめはごまかすように笑った。

 

 帰り道。泉川商店街を二人で歩いていると、突然宗介が声をかけた。

「千鳥。すまないが少しの間ここで待っていてくれないか?」

「いいけど、なんで?」

「それは言えないが、とにかく、待っていてくれ」

 そういうと、宗介は、商店街の人ごみの中に消えていった。

 

 数分後。宗介が、人ごみの中から姿をあらわした。後ろに何かを隠している。

「千鳥」

「何?」

「少しの間目を閉じていてくれないか?」

「こう?」

かなめは、言われたとおりに目を閉じた。

「……目を開けてくれ」

 かなめが目を開けると、眼前には、真っ赤なバラがいっぱいに広がっていた。

「その……プレゼントだ」

 宗介が照れくさそうに言う。かなめには、それが嬉しかった。しかし……

「………………バラ?」

 いくらなんでもこれはおかしい。まさか――

「ちょっと、ソースケ! 今何隠したの!?」

 かなめの反応に動揺したのか、宗介がちらりと見た紙切れを強引に奪い取ると、その中身を見た。

 

『デートの極意』

一、身だしなみには気をつけろ。

一、物騒なものは持ってくるな。

一、別れ際は、バラの花束でオトせ。

これで女はイチコロだぜ!

 

「………………」

 かなめは無言のままメモを握りつぶした。字に見覚えはなかったが、こんなことを書く男は
かなめの知っている限り一人しかいない。

「……その……今日のためにクルツに教えてもらった……その……本当に……すまない」

これですべてが分かった。宗介は、おそらくメリダ島でクルツに一晩かけて教えてもらったのだろう。

そのせいで寝不足になって遅れたのだ。

「あんたって……あんたって……」

 かなめは怒ろうとしたが、ふっと力が抜けた。

どんな理由にせよ、宗介は、自分のために努力をしてくれたのだ。それを怒るのはいくらなんでもおかしい。

「……ありがとう」

「いや……本当にすまなかった」

「ソースケ……」

ドサッ

二人が音のしたほうを振り向くと、そこには黒いコートにサングラスをかけた恭子と小野寺が

電柱のそばに倒れていた。

「もう、せっかくいいところだったのに〜。小野Dが押すから〜」

「何言ってんだよ。押したのは常盤だろ」

「あんた達……」

「あ、カナちゃん………………奇遇だね」

「どこがじゃあぁぁ!!」

泉川商店街に、ハリセンの音が響き渡った。

 




                              <一夜漬けのラブ・レクチャー   おわり>


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