九龍と猛毒
薄暗い一室。
その部屋には、接客用のソファに座って新聞のとある記事を眺めている一人の男がいた。その男の右足は、義足だった。
「やれやれ、<ベヘモス>も、所詮はただのデカブツだった、てことか」
先日東京に現れた<ベヘモス>――その名を知っているものは、ごくわずかだから、当然巨大ASとしか書いていないが――
についてのさまざまな憶測の書かれた記事から目を離すと、義足の男――ガウルン――は、
読んでいた新聞を目の前の机に放り投げた。
と、その直後、部屋の明かりがつけられた。
「――電気くらいつけたらどうだい、ミスタ・Fe」
ガウルンが声のしたほうを向くと、そこには一人の青年がたっていた。端正な顔立ち、
アッシュブロンドの長髪のその青年は、月のような神秘的な雰囲気と、限りなく冷たい印象を持っていた。
「人を待たせておいて最初のセリフがそれかい? え?」
「少し考え事をしていてね。申し訳ない」
「まぁいい、で? 話ってのはなんなんだ? 俺だってそんなに暇じゃないんだよ、用件は手短に頼むぜ」
「話というのは、これのことさ」
そう言うと、アッシュブロンドの髪の青年は、DVDディスクを持って、ガウルンの近くまでいくと、
目の前の机にあったコンピューターに挿入した。
「ほぉ……」
その画面に映し出されたものを見たガウルンは目を細めた。
その画面に映っていたASは、以前、順安で宗介の<アーバレスト>と交戦したときの機体と同型だった。
ただ、こちらは、血のような真紅の色をしていた。
「前の順安で、君が敗れたときにPlan
1056は大破してしまったからね。
一応修理はできたんだが、出力が6割程度になってしまうから廃棄することにして、新しいプランを考えることにしたんだ。」
説明しながら、青年は机を挟んでガウルンの向かいにあるソファに腰を下ろした。
「そいつがこれかい?」
「そう、Plan
1058、<コダールi>。機動性を向上させ、コンデンサの出力も以前よりも安定させている。
前のように、一発うったらオーバーヒートということはもうないだろう」
「なるほど、で、これを俺に見せたということは?」
「察しがいいな、ミスタ・Fe。任務だ。ヨーロッパの方で<ウィスパード>の可能性を持つ男が確認された。
その男には、とある軍の護衛がついているらしいまぁ、その国は彼の本当の力には気づいていないようだがね。
だが、気づかれると厄介だ。そこで……」
「はいはい、そいつを拉致ってこいって? まったく、こっちはケガ人だってのに人使いの荒いことだ」
ガウルンはため息をつくと、一転して真剣な表情でたずねた。
「戦力は?」
「貧弱な国の軍だ、<サベージ>10体が関の山だろう」
「ま、肩慣らしにはちょうどいいか、じゃあさっさと行かせてもらうぜ」
席を立ち、ドアの方へ歩き出したガウルンを、青年が呼び止める。
「まだ最終調整が済んでいないから出発は一週間後だ」
「おいおい、そこまで説明しておいてお預けかよ。そりゃないぜ」
「そこまで行きたいのか、何か理由でもあるのかい?」
ガウルンがニヤリと笑う。
「新しいオモチャを手に入れたら使ってみたくなるもんさ」
青年は肩をすくめて答えた。
「僕はメーカーだからね、ユーザーの気持ちは良く分からないよ」
「ふん、よく言うぜ。俺がこれを見れば使いたくなることぐらい、最初っから予想してたんだろ」
「ふっ」
青年の反応を許可と受け取ったガウルンは、ドアの方へ向かっていった。出て行く間際に、
振り向かずに片手を掲げて青年に別れを告げた。
――ギリシャ、エーゲ海の無人島――
『こちらチームD。北側は異常なし』
『Bチームだ。南も異常なし』
『Aチーム、東側異常なし』
「Eチーム了解した、引き続き警備に当たれ」
『了解』
『了解』
『了解』
「……ふぅ」
通信を終了すると、<サベージ>部隊の指揮官らしいオペレーターはため息をついた。
『大変ッスね……』
隣にいる<サベージ>から通信が入る。
『なんで、軍のお偉いさんのバカンスに、ASを10体も護衛に入れなきゃならないんッスかねぇ?』
「知らん。軍の上層部は、いったい何を考えとるか分からん」
この<サベージ>達は、軍からの命令で、現在休暇中の上層部の人間を護衛していた。
小さな島、というわけではないが、ASが2機ずつ四方位+護衛の本営、の計10体で守るほどのものでもなかった。
『そんなに重要なんですかねぇ……あ、そういえば、Cチームからの定時連絡きてましたっけ?』
「む、そういえば……こちらEチーム。Cチーム、応答しろ。西側はどうだ?」
呼びかけるが返事がない。
「? おかしい……まさか、敵の侵入を許したか!?」
指揮官の予感を裏付けるかのように、Bチームから通信が入った。
『こちらBチーム! 西側より敵襲! Cチームは何をやってたんだ!
「こちらEチーム。状況を説明しろ!」
『紅いASだ! 所属不明、あんなヤツ見たことない! 至急応え――』
通信が途絶えた。このぶんだとCチームは既にやられているのだろう。
「クソッ!」
指揮官はいらだたしげにコンソールにこぶしを叩きつけた。いったい誰が……
しかし、今はそんなことを考えている余裕などなかった。
「チームEより各位へ、緊急事態だ! 所属不明の紅いASがこの島に上陸している! 全員一度本部へ戻れ! 態勢を立て直す!」
『チームA了解』
『チームDりょ――何ッ!?』
「チームD! どうした!?」
『D-2が大破! オペレーターは応答なし! バカな、レーダーに反応はないのに……なっ!』
「どうした! 応答しろ!」
返事はなかった。だが、なにか声が聞こえる。誰かが外部スピーカーで話しているようだ。
もちろん自分の部隊に所属しているものの声ではない。おそらく紅いASのオペレーターだろう。
『ビビッたか? そうだろうなぁ。まだそっちの技術じゃこんな芸当とてもできねぇだろうしなぁ?』
『な、なぜ……ECSの完全な不可視モードだと……そんな技術、まだ実用化されてないはずじゃあ……』
『バーカ、お前らのものさしで世界を測るんじゃねぇよ。っと、そうだ。お前、ここにハルトレットってやつはいるか?』
『それに答える義務はない』
『そうか、それじゃあ、ここにいるASを全滅させてからゆっくりと探すとするか。よし、冥土の土産にいい物を見せてやるよ』
『?』
『今を逃すと二度と見られねぇぜ? ま、これを見たら死んじまうから、どちらにしろ二度と見られないんだけどな』
次の瞬間、なんとも奇妙な音がした。金属がゆがむような、形容しがたい音だった。
「D-1! D-1! 応答しろ!」
沈黙。
「ヤツは、化け物か……!?」
その指揮官は、悔しさを押し殺してうめくことしかできなかった。
――<コダールi>――
「ほぉ、さすがだな……」
たった今、6機目の<サベージ>を撃墜したガウルンは、正直この真紅のASのスペックに舌を巻いていた。
「ためしにうってみたが……」
そういって、正面に展開されているスクリーンに目をやった。
そこには、さっきガウルンが<サベージ>にトドメをさすのに使った装置、ラムダ・ドライバが正常に作動したことを示すウィンドウや、
それにともなう異常がないことを示す、《Sistem
all
green》の文字が出ていた。
「最終調整すっ飛ばした割には、コンデンサもオーバーヒートしてないし各部も異常なし、か……ん?」
ガウルンは、レーダーを見ると目を細めた。レーダーには、島の東側にいた2つの反応が、島の中央部
――おそらく本営だろう――にあるもう2つの反応の方へ移動していた。
「合流するか……まぁいい、こちらもそろそろ行くとするか」
<コダールi>がその場の空気に溶けていくように姿を消した。ECSの不可視モードを作動させたのだ。
「狩りの……再開だ」
ガウルンはコクピットの中で舌なめずりをした。
――本営――
『いったい何があったんです!?』
チームAの一人が指揮官にたずねた。
「所属不明の紅いASによって、チームB、C、Dは……全滅した。それも、レーダーを見る限り、『たった一機で』だ」
「………………」
指揮官の口から出た認めざるを得ない事実に、一同は言葉を失う。
『……敵の目的は?』
チームAのもう一人が沈黙を割ってたずねた。
「ハルトレット大佐だ。それもおそらく、殺すのが目的じゃない。拉致することだ」
『ハルトレット大佐を?』
思わず聞き返してしまった。だが無理もないことだった。
ハルトレット大佐といえば、実戦経験が豊富で、指揮官としても優秀。秘密は絶対に守る男としても有名だった。
つまり、拉致したところで、得られるメリットはゼロに等しいのだ。
「うむ、目的は分からんが……」
『それを知る必要はないぜ』
『――――――!!』
突然背後で声がした。振り向くと、何もない空気に、真紅の絵の具をたらしたように、空気にシミが広がっていく。
そのシミは、だんだんと人の形になり、動き出した。
「各員、戦闘体制! 1対4だ、なんとしてもここで食い止めるぞ!」
言われるまでもなく、<サベージ>全機が臨戦態勢に入る。
『やれやれ、往生際の悪いこった。まぁ、投降したところで見逃すわけでもないがな』
真紅のASが土を蹴立てて走る。一瞬で<サベージ>の1機に肉薄すると、ゆっくりと離れた。
その<サベージ>は、ゆっくりと前のめりに倒れていく。
『まず1機……』
いつの間にか抜き放っていた単分子カッターを<サベージ>のコクピットから抜き取ると、
その切っ先を払った。刃の先端から、紅い液体が飛び散る。
「く、集中砲火、ヤツを生きて返すな!」
いっせいに、それぞれの<サベージ>が対戦車ミサイルを発射する。すさまじい爆音と爆風が空気を振るわせる。
「……やったか」
指揮官がつぶやく。その直後、何かが高速で回転する音がした。この音は――
「まずい! 緊急回避!」
慌てて叫んだがもう遅かった。ガトリング砲から吐き出される弾の雨が、
逃げ遅れた2機の<サベージ>の頭部を、腕部を、脚部を吹き飛ばしていく。
『2、3……これで、あとはあんただけだな』
煙の中からガトリング砲を片手に、真紅のASが現れた。不思議なことにまったくの無傷だった。
「バカな……」
『あばよ』
「う、うおぉぉぉぉぉぉ!!」
最後の一機になってしまった<サベージ>は、単分子カッターを抜き放つと、真紅のASに向かって突進していく。
だが、簡単に受け流され、背後をとられてしまった。
ごきゅん
D-1がやられたときに聞いた、金属がゆがむような、形容しがたい音がした。
そしてそれは、その<サベージ>部隊の指揮官が聞いた、最後の音だった。
「――こちらミスタ・Fe。例の男は確保した」
『ご苦労様、で、<コダールi>はどうだい?』
「ああ、十分だ。これならいける」
『そうか、それは良かった。近々、大規模な作戦を決行する。そのときはよろしく頼むよ』
「ああ、分かった。切るぞ」
ガウルンは、通信を切ると、空を見上げた。日は完全に暮れており、満月が夜空に輝いていた。
「こんな<サベージ>じゃあ足りねぇ……」
月光に照らされた顔に笑みを浮かべ、ガウルンはその名をつぶやいた。
――――――カシム。
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