大波乱のスポーツ・フェスティバル




夏が過ぎ、日差しも穏やかになってきた、ある昼下がりの陣代高校生徒会室。

そこには、ざんばらの黒髪にへの字口の男子生徒、相良宗介が、直立不動の体勢でいた。



「あんたねぇ、別に立って待つことないじゃない。ここに座って待ってなさいよ」


直立不動の男子生徒の近くに座っていた、長い黒髪の女子生徒、千鳥かなめが宗介に声をかけた。


「いや、わざわざ会長じきじきの呼び出しがあったのだ、よほどのことに違いない」

「どうせ一週間後の体育祭についてでしょ。そんなに構える必要もないと思うけど」


実は、9月には、かなめが前々から楽しみにしている、体育祭があった。

この手のイベントで盛り上がるのが好きなかなめにとっては、待ち望んでいる行事の一つだった。

そのせいか、今も心なしか嬉しそうに見える。


「待たせたね、千鳥君、相良君」


生徒会室のドアが開き、オールバックに真鍮縁のメガネといういでたちの男子生徒が入ってきた。生徒会会長、林水敦信である。



「いえ、とんでもありません。それで、任務というのはなんでしょうか?」


敬礼して答える宗介を見たあと、林水は、生徒会会長専用のソファに腰を下ろして話し始めた。



「うむ、君たちも、来週に我が校で体育祭があるのは知っているだろう」

「ええ、それは知ってますが……まさか、また脅迫状が来たとかいうんじゃありませんよね?」


 以前、球技大会の直前に脅迫状が来た事件を思い出し、かなめは顔をしかめた。

その事件は何とか穏便に解決し、予定通りに球技大会を行うことができたのだが、そんなことがまたあってもたまらない。


「いや、今のところ、生徒会にその類の文書は来ていない。その心配はないだろう」


「そうですか……良かったぁ。じゃあ、なんであたしたちを呼んだんですか?」


かなめは、ホッと胸を撫で下ろすと、林水に尋ねた。


「うむ、実はだな……君達に応援団の団長をやってもらいたいのだ」


「……は?」


 予想だにしていなかった答えだったので、かなめはおもわず聞き返してしまった。

ちなみに、陣代高校は一学年に8クラスあり、各学年の二クラスずつで一つの組を作る。なので、かなめ達二年四組は白組にあたる。



「聞こえなかったかね? 『応援団の団長を頼む』と言ったのだが」

「いや、それは聞こえたんですが……なんでですか? 応援団の団長は代々三年生がやるもんじゃないんですか?」

「実は、先程校長から、『三年生は受験勉強も控えているので、
今年は応援団の団長を試験的に二年生にやらせてみてはどうか』と言う提案を受けてね。

特に断る理由もないので、生徒会はこれを承諾したというわけだ。

無論、『試験的に』ということなので、これから毎年度、ということになるかはまだ未定だがね」



「はぁ、でもそれなら林水センパイがしたらどうですか? センパイなら全国クラスの大学だって楽に受かるんじゃないですか?」


この陣代高校自体の学力レベルは月並みだが、林水の学力は異常ともいえるほど高い。

しかし、林水は眼鏡の縁を軽く押し上げるとかなめに言った。



「なんも努力もなしに叶えられる望みなどありえないのだよ、千鳥君。もしあるとすれば、それは望みではない。単なる自己満足だ」

「はぁ、なるほど……まぁ、確かに林水センパイってそういうのやるタイプじゃないですしね」

「というわけだ、では相良君も頼むよ」

「了解しました。全力でこの任務を完遂してみせます」


 宗介は直立不動のまま敬礼をして答えた。


「って、ソースケもですか!?」


 納得しかけたかなめだが林水の最後のひとことには驚いた。


「当然だ。そのために呼んだのだからね。それとも、不満でもあるのかね?」

「大ありです!」


 かなめは手近なところにあった机をこぶしで叩くと、声を荒げて言った。


「先輩も見たでしょう!? あの人畜無害のラグビー部だって、こいつの手にかかれば殺人もしかねないような凶悪集団になるんですよ!

 生徒をあいつに任せるなんて危険すぎます! 絶対!」


「千鳥、俺はあいつらに人の殺し方までは教えていないぞ」

「うるさい! あんたは黙ってなさい!! ……とにかく、絶対にソースケはダメです!」

「ふむ……千鳥君がそこまで言うのであれば仕方ない。では、男子応援団長の選抜は君に任せよう。それで構わないかね?」

「はぁ、それなら……」

「よし、それでは頑張ってくれたまえ」


そういうと林水はさっさと生徒会室を出て行った。



「……千鳥」

「何?」


再び二人だけになった生徒会室で、宗介はかなめに話しかけた。


「さっき閣下のおっしゃっていた、『ダンチョウ』というのは、いったい何をするのだ?」

「あんたそれも知らずに、『了解です』なんて言ってたの……? まぁ、いいわ。説明してあげる。

いい、団長というのは、主に、有志による応援団員とパフォーマンスをするの。

パフォーマンスを見せつけて、みんなの士気を上げるのが役目ってわけ。分かった?」


「パフォーマンスを見せるだけなのか? ならば俺にもできるぞ、むしろ俺の得意分野だ」

「ダメって言ったでしょ! あんたがやると死人が出るわ。とにかく、団長の件は、私からオノDにでも頼んでおくから」

「……むぅ」


 幸いにも、小野寺は団長の件を快諾してくれ、体育祭当日に向けて順調に進んでいた。しかし、体育祭があと三日後に迫った日……




「全治一週間!?」


 かなめはすっとんきょうな声を上げた。


「そうなんだよ、体育でマット運動やってたら着地に失敗してさぁ」


そう言うと小野寺は包帯の巻かれた腕を軽く掲げた。


「どーすんのよオノD! 体育祭まであと三日なのよ! 団長は!?」


「うーん、無理っぽいなぁ」

「『無理っぽいなぁ』じゃないわよ! も〜、せっかく今回は何のトラブルもなく行事ができると思ったのに〜」

「すまん。まぁ、俺から代役を頼んでおくから、心配しないでくれ」

「代役って……ちゃんとアテあるの?」


「ん〜、これから考える」

「まったく……ああ、もうこんな時間。それじゃ、あたし練習があるから。ちゃんとした代役立てておくのよ、いい?」


 かなめは話を打ち切ると、応援団の練習をしに運動場へ出て行った。


「さてと、どうするかねぇ……」


小野寺は不自然な腕組みをして思案に暮れた。



「頼むっていってもなぁ……あ、そうだ! あいつがいい!」

小野寺は、何かひらめいた様子で、意気揚々と部屋を出て行った。




 そして、三日後。体育祭当日――


「おっはよ♪ カナちゃ……って、だ、大丈夫?」


通学路で、恭子は元気よくかなめに声をかけた。だが、振り向いたかなめの顔を見て恭子は驚いた。



「キョ〜コ〜? お〜はよ〜。あたしならだいじょ〜ぶよ〜。ふふ、ふふふ」


 かなめがやつれた顔で不気味に笑った。目にはクマができているが、その瞳には野生の猛獣を思わせる怪しい光が宿っていた。

 はっきりいって、怖い。


「なんか、どう見ても大丈夫じゃなさそうなんですけど……どうしたの?」

「いや、明日が体育祭だと思うと興奮して眠れなくて……」

「そんな、小学校の遠足じゃないんだから……とにかく、学校着いてから体育祭始まるまでまだ時間があるから、
保健室でちょっと仮眠とらせてもらうといいよ」


「そ〜だね〜、ふふふふふふ」

「だめだ、完全に別人になってる……」


 ばたり


「って、カナちゃん!? ちょっと、しっかりしてよ、カナちゃん!!」


恭子は、突然倒れたかなめを抱きかかえて呼びかける。しかし、かなめは怪しい笑いを浮かべながら気を失っていた。




 その一時間後――


「んぁ?」


 気がつくと、かなめは、ベッドに横たわっていた。


「ここは? え〜と、確か……」

「保健室よ」


声はベッドとベッドを仕切っているカーテンの向こうにいる人影から聞こえていた。



「気分はどう、千鳥さん?」


カーテンが開き、声の主、保健室の先生である西野こずえが現れた。



「あなた通学途中に倒れてお友達にここまで運んでもらったのよ」

「あ……」


かなめはこれまでに起こったことを一気に思い出した。と同時に自分の腕時計を見た。



「今何時! ……良かった、まだ間に合う。それじゃ、先生、ありがとうございました」

「どういたしまして……って、もういいの? もうちょっと休んでおいた方が……」

「大丈夫ですよ。応援団の最後の練習しなきゃいけないんで、それじゃあ」


 そういってかなめは保健室を出ようとした。すると一人の男子生徒とすれ違った。


「よう千鳥。調子はどうだ?」


小野寺だった。かなめは返事もそこそこに出て行こうとする。だが、聞きたいことがあったので立ち止まる。



「そうだ。ねぇ、オノD?」

「ん?」

「そういえば団長の代役、誰に頼んだの?」

「ああ、それなら……」


小野寺が答えようとすると、校内放送を告げるチャイムが鳴った。



『陣代高校の男子生徒諸君に告ぐ』


聞きなれた声。間違いない、あの戦争バカ男だ。しかし朝っぱらから何を連絡することがあるのだろう。



『こちらは、応援団団長、相良宗介だ。これより、最後の訓練を行うので、男子生徒諸君は直ちに運動場に集合するように。繰り返す……』

「団長!? まさか、オノD……」

「ああ、俺は相良に頼んだけど」

「うそ……」


ばたり


「ちょ、ちょっと、千鳥、おい!?」


「ち、千鳥さん!? だからもうちょっと休んでおいた方がいいっていったのに……」


二人は、倒れた千鳥を再びベッドへと運んでいった。

そして、もう一時間後――


「はっ? え〜と、ここは……」


「保健室よ」


そう言って、西野こずえはカーテンを開ける。


「気分はどう、千鳥さん?」


「なんか前にもこんなことがあったような……」

「あら、デジャヴ?」


のんきな会話をしているうちに、かなめは現状を把握しだした。



「今な――あーっ! もう体育祭始まってる! それじゃ先生、ありがとうございましたー!」


かなめは時計に目をやると、血相を変えてベッドから跳ね起きて、疾風のごとく保健室を出て行った。



「本当に大丈夫かしら、千鳥さん」


一人残された保健室で、西野こずえはのんきな声でつぶやいた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……きょ、キョーコ……今やってる種目って何番目?」



 体操着に着替え、ダッシュで運動場まで来たかなめは、テントで観戦している恭子にたずねた。


「あ、カナちゃん。もう大丈夫なの? かなり息切らしてるけど」

「ああ、はぁっ、はぁっ、それなら……大丈夫。それより、今何番目の競技?」

「ん〜と、ちょっと待ってね……今やってるのがパン食い競争だから……四番目だね」

「よかったぁ〜、ギリギリセーフってところね」


かなめ達二年生の出場する、『障害物競走』は、その二つ後だ。

結局応援団の練習はできなかったが、とりあえず競技に欠席することだけは避けられた。

かなめがホッと胸を撫で下ろしていると、後ろから声がした。



「大丈夫か、千鳥。二度も倒れたそうだが」


 宗介だった。


「ああ、ソースケ。まぁ、もう大丈夫よ、単なる寝不足だから……って、そんなことより、あんた本当に応援団の団長引き受けたの?」

「肯定だ」


「大丈夫なの?」

「問題ない。君の言ったとおり、『パフォーマンスを見せつけて、みんなの士気を上げ』ればいいのだろう?」

「本当に?」

「任せてくれ」


 妙に自信のある宗介を見て、かなめは少し不安になったが、これ以上考えても無意味なので、話題を変えることにした。


「まぁ、それはおいといて。あんた、さっきまで何してたの? まさか応援団の練習してたわけではないだろうし……」

「ああ、準備だ」

「準備って、応援団の?」

「いや、それは前日のうちに済ませておいた。さっきは『障害物競走』という競技のための準備をしていた」

「あれ、ソースケって準備係だっけ?」

「いや、違うが。それがどうかしたか?」

「ううん、別に。自主的に手伝うのはいいことだし」

「? よく分からんが、招集がかかっているようなので行くぞ」


 宗介は少し首をかしげて不思議そうな顔をしたが、召集係が来たのを確認すると、さっさと集合場所へ向けて歩き始めた。


「そういや、ソースケ。『障害物競走』って、どんな競技かちゃんと理解してんの?」


 集合場所のテントで待機(といっても座っているだけだが)していたかなめは宗介にたずねた。


「だいたい理解しているつもりだが。要するに、『障害物を突破しつつ、指定されたポイントまで到達する競技』なのだろう?」

「そうそう。だいたい理解してるじゃない。そうそう、あたしも宗介の隣のレーンで走るから、なんかあったら聞いて」

「了解した。助かる」


 そうこうしているうちに、『次の競技者は入場してください』というアナウンスがあり、かなめ達二年生は運動場に入場した。


「う〜ん、またいろいろな障害があるわねぇ」

かなめは、運動場に設置された様々な障害を見ながら、当たり前のことをつぶやいた。

お約束の網にはじまり、平均台、ハードル、竹馬、エトセトラ、エトセトラ……。

最後に、何か黄色い布のようなものが落ちているのが気になるが、だいたいは基本的な障害だ。

これを、各組から二人ずつ、計八人で走る。

なお、この高校独特のルールとして、『コースから外れなければ、どのように障害を突破しても良い』というものがある。

ちなみに宗介とかなめは最後の走者だ。



「うっし、頑張るぞ!」

「それではー、位置について、よーい」


パァン



「……あんた何やってんの?」


 隣で伏せている宗介に、かなめが声をかけた。


「いや、条件反射でつい……」


「あ、そう……」


 なかばあきらめようにかなめは言った。


順調に競技は進んでいき、いよいよ宗介達の出番になった。



「位置について、よーい」


パァン


「行くわよ、ソースケ!」


銃声に一瞬動揺した宗介をおいて、かなめはさっさとスタートした。



「よーし、一気に行くわよ!」


 かなめは後続の走者をぐんぐん引き離し、あっという間に最初の障害、網にたどり着いた。

言っておくが、かなめはかなり運動神経がいい。さすがに宗介にはかなわないが、それでも並の男子よりは早い。



「よっ……と。これは、結構……大変ね」


かなめの長髪が網に引っかかり、なかなか進めない。そうこうしているうちに、後続の走者がやって来た。

先頭は宗介だ。網に入ったと思えばすぐにくぐり抜けてしまった。



「こんなものか。これなら、軍の訓練の方が厳しいぞ」

「当たり前でしょうが……」


小さな声でツッコミを入れつつ、かなめも宗介の後に続く。平均台、ハードル、竹馬は、二人とも順調にクリアした。



「さて、次は……」


かなめは前方に、紙の張ってある、扉ぐらいの大きさの木枠を確認した。

よく芸人が、バラエティー番組のクイズで、『○』とか『×』とか書かれた紙に体当たりして、不正解だと泥に突っ込むというアレである。



「だいぶ厚い紙使ってるみたいね……ちゃんと突破できるかな」


そうつぶやいて、かなめは前を走っている宗介を見る。

すると、宗介はどこに隠していたのか、いきなり拳銃を取り出すと、木枠に張られた紙に狙いを定めた。


たたたんっ たたたたんっ



 紙の上に弾痕で円が描かれる。そして宗介はその円の中心を突き破って走り抜けていく。


「それっていいの!? なんかズルイなぁ」


かなめは律儀に正面突破し、次の障害を目指す。



「えっと、次は……って、ええ!?」


次の障害は十段の跳び箱だった。一応踏み切り板があるとはいえ、よじ登るのが無難だろう。


しかし宗介は違った。走りながら何か丸っこい物を跳び箱に向かって投げる。

それが跳び箱の近くに落ちた数秒後。すさまじい爆音とともに跳び箱がバラバラになる。これにはさすがに観客も絶句した。



「!! ……あの……バカッ!!」


キレた。

はたから見ていれば、怒りのオーラが見えるのではないかと思うほど怒ったかなめは、一気に助走をつけると、跳び箱を軽々と飛び越えた。

周囲から感嘆の声がもれていたがそんなものはかなめの耳には届かない。かなめは、先頭を走る宗介にあっさり追いついた。


「跳び箱を手榴弾で爆破するやつが……どこにいるのよ!!」


かなめは追い抜きざまに宗介の顔面にハリセンを叩き込んだ。


すぱぁん


クリティカルヒット。宗介は小さなうめき声をもらすと後ろに倒れた。すかさずかなめは追い討ちをかける。



「ちょ……待ってくれ! 俺は障害を効率よく突破するために破壊しただけ……ぐあっ。だ、だいいち、ルールにも……」

「いくらなんでもやりすぎよ! くぬっ、くぬっ」

「待っ……千鳥! やりすぎなのは君の方だ……そもそもその武器はどこから……ぐおっ」


 かなめは容赦ない連続攻撃を食らわせる。


『3レーンと4レーンの選手は競技を続行してください。白組の選手! 競技を続行してください!』


 アナウンスでかなめはわれにかえった。見ると、後続の走者はすでに前の方にいる。


「しまった、このままだと最下位じゃない!」


昏倒している宗介を放り出して、かなめは全力疾走する。宗介もまもなく気がつき、かなめの後を追いかける。



「はぁっ、はぁっ……最後は……何これ?」


最後の障害は、なにやら黄色い、もこもこした布だった。布にはなにやら茶色の斑点や蝶ネクタイがついている。



「まさかこれって……」


 かなめは布の端をつかんで持ち上げてみる。すると、見慣れた顔が目の前に現れた。


「ぼ、ボン太君? なんでこんなところに……」

「俺が体育祭実行委員に掛け合った。在庫の使い道がなかったのでな。もちろん、武装ははずしてあるがな」


 宗介が追いついてきて言った。すさまじい回復力である。


「まぁ、確かに障害にはなってるみたいだけど……」


 かなめはちらりと横を見る。ほかの走者は、着るのに悪戦苦闘したり、異様に短い足のせいで転んだりしている。


「よし、これなら逆転できるかも!」


かなめはさっさとボン太君スーツを着て、ゆっくりとだが走り始めた。



「コツをつかめば、このぐらい……って、え!?」


先頭を走るかなめの横を、すさまじい速さで駆け抜けていくボン太君があった。宗介である。

短い足にもかかわらず、器用な走り方で、普通に走るのとほとんど変わらない速さで追い抜いていく。



「は、速い……」


かなめはその速さにただ驚くだけだった。




障害物競走の結果

1位……二年四組(白組) 相良宗介

2位……二年四組(白組) 千鳥かなめ


3位……二年二組(赤組) 岡田隼人


「……なんかすごく納得がいかないんだけど」


かなめは一人つぶやいた。



その後、多少のトラブルはあったものの、体育祭の進行自体に影響はなく、昼休憩となった。

応援パフォーマンスは午後で最初のプログラムなので、応援団員は昼食もそこそこにそれぞれの準備にかかった。



「うっし! そろそろ出番ね。気合入れていくわよ!」


かなめは自分の頬を二、三度叩くと、準備のために更衣室に行った。



「よし、そろそろ任務開始の時刻だ。任務の失敗はわが軍の士気にかかわる。なんとしても成功させなくては」


宗介はなぜか装備の点検をした後、準備のために更衣室に行った。


ぴんぽんぱんぽーん


少々間の抜けたチャイムに続けてアナウンスが入った。



『えー、それでは、これより午後の部を始めさせていただきます。まずは、女子の応援団による、応援パフォーマンスです』


観客席、生徒用テントから歓声が(主に生徒用テントからだが)沸き起こる。


チャッチャッチャッチャッ チャラッチャ〜


軽快な音楽とともに、色とりどりのチアリーディング姿の女子生徒が運動場に集合する。

その数ざっと300人弱。三年生は参加していないとはいえ、一、二年だけなら9割近くが参加している。

有志でこれほどの数というのはそうそうない。それだけかなめに人望があるということだろう。


チャ〜ララ ララ〜 チャ〜ララ ララ〜ララ


 音楽が二曲目に入り、かなめを中心として放射状に広がる。そこからグループに分かれて、いくつもの円を描く。

その次は人文字。全員の息が完全に合っていないと出来ない動きだ。そのことからもかなり練習していたことが分かる。



「ふむ……」


 だが宗介は、首をかしげて不思議そうにそれを見ていた。

「すごいよねー、千鳥さん達。やっぱり相当練習したんだろうね」


近くにいた風間信二が宗介に声をかける。



「うむ、そうだな……」


宗介は確かにかなめ達のパフォーマンスを評価してはいるが、どこか腑に落ちないというような顔だった。



「そうそう、相良君そろそろ出番でしょ? 大丈夫、直前で団長引き受けたって話だけど。それに練習あまり出来てないみたいだし……」


ちなみに風間は応援団に参加していない。なので、何をやるかはまったく知らないのだ。



「問題ない。では、そろそろ行って来る」

「うん、頑張ってね」


 宗介は待機場所と急いだ。


チャラララ〜 チャラララ〜 チャラ〜ン


最後の曲が終わり、大歓声の中で、かなめ達女子応援団のパフォーマンスは終了した。



「ソースケ、どうだった?」


かなめは退場するとき、近くを歩いていたソースケに感想をたずねた。



「ああ、良く訓練がされていたと思う。そこらの軍よりもよほど統率が取れている。君の統率力はたいしたものだ」

「はぁ……まぁ、ありがと」


なんかほめるところが違う気がしたが、かなめは素直に礼を言っておく。



「ただ……」

「? ただ……何?」

「男子もああいうのをすればいいのか?」


「まぁ、男子と女子が同じってのも芸がないし、別にソースケ達はソースケ達らしくやればいいんじゃないの?」

「そうか。そう言ってもらえると助かる」

「あ、それじゃ、ここからソースケたちの見せてもらうから。頑張ってね」

「ああ」


かなめの激励を受け、宗介は意気揚々と待機場所へ向かった。



『えー、続きまして、男子応援団による応援パフォーマンスです』


観客席、生徒用テントから歓声が(女子ほどではないが)沸き起こる。


ドォン ドォン ドォン ドォン


太鼓の音が、静かになった運動場に響く。そこに学ラン姿の応援団が集合する。



「へぇ、意外とまともじゃない。てっきり、軍歌流して迷彩服姿で来るのかと思ってたけど」


かなめが意外そうにつぶやいた。



 ドォン


太鼓の音で全員が整列。次の太鼓で全員がいっせいに広がる。歩幅、靴音まできっちりそろっている。



「うわ……なんかいやな予感」


かなめはげんなりした。しかし、そこから先は、かなめの想像していたものとはまったく違っていた。

三三七拍子にはじまり、フレーフレー、という、オーソドックスな応援など、思ったより普通の内容だった。



「なぁんだ、心配する必要もなかったか」


実は、ここまでのパフォーマンスはすべて、小野寺が事前に考えていたものだった。

そうとは知らないかなめは素直に感心していた。まったく、『知らぬが仏』とはよくいったものである。



「では、これより! 我が応援団が誇るパフォーマンスを披露する!」


宗介の合図で、団員が環状に並び、宗介がその円の中心に立った。



「『これより』? じゃあ、さっきまでのはなんだったわけ?」


 かなめの疑問をよそに、宗介はなにやら懐からスイッチのようなものを取り出した。


「とくと見よ!」


そういうと、宗介は手に持ったスイッチを押した。


カチッ


あたりが一瞬静まり返る。と、次の瞬間。


ドォンッ


宗介の周りの地面が盛り上がったかと思うと、すさまじい爆音が当たり一面に響いた。

と、同時に、爆発した辺りから黒い液体が噴き出した。その様子は、まるで石油を掘り当てたようである。


ドォンッ ドォンッ ドォンッ



 遅れて、様々な箇所の地面が盛り上がり、爆音を響かせた。

かなめをはじめ、男子の応援団員も絶句する。どうやらまったく知らされていなかったらしい。



「これは、俺が武器商人と共同開発した新兵器だ。

非致死性(ノン・リーサル型)の地雷で、大音響と粘着性のある液体により、確実に行動力をそぐことが出来る」


宗介が誇らしげに説明する。だが誰も聞いていない。『おお〜』という声が観客席であがっているが、どうやら演出か何かだと勘違いしているらしい。

かなめはというと、怒りが限界に達しかけていた。


「ソースケ……あんたって……あんたってやつは……殺す!」


キレた。ちなみに本日二度目である。


「ふんっ!」


かなめは、陸上部員が片付け忘れていた砲丸を拾い上げた。



「どぉりゃぁ!」


渾身の力を込めて投げる。かなめの手を離れた砲丸は綺麗な放物線を描き、宗介の背中を直撃した。



「ぐおっ」


宗介は前のめりになったまま動かなくなる。その様子に、生徒たちもどよめきだした。



「背骨確実に折れてるよね……」

「ありゃあ死んだか……?」

「っていうかさっきの砲丸20メートル近く飛んでない? 女子の高校記録って確か15か16じゃなかった?」


 そのざわめきすらも耳に入っていないかなめは、大またで宗介に近づくと、いきなり殴りだした。


「あんたはっ! どうしていっつもそうなのよ! ちょっとは他人に迷惑をかけないように努力しなさい!」

「ま、待ってくれ、千鳥! 俺はただ君の言ったとおりに、『パフォーマンスを見せつけて、みんなの士気を上げ』ただけだ!」


 performance (パフォーマンス)……@実行、遂行 A公演、演技 B性能


もちろんかなめ達の言っている、『パフォーマンス』とはAの意味なのだが、宗介はBの意味だと思ったらしい。



「あんたは意味取り違えてるのよ! もっと頭を使いなさい! くぬっ、くぬっ!」


かなめのせっかんは、周りの応援団員が止めるまで続いた。



『え〜、大変失礼いたしました。準備係の人は運動場の整備をお願いします』


 応援パフォーマンスを中断した後、アナウンスがそう告げ、十数人の生徒が運動場に入っていく。


「うっ……っつ……」


 宗介が意識を取り戻した。背中を押さえつつ立ち上がる。


「!! いかん、まだそこには!」


突然宗介が叫ぶが、準備係には何のことやら分からないので、そのまま運動場の整備を始めた。と、その時。


ドォンッ ドォンッ ドォンッ



「まだ起爆させていないのが残っていたのだが……」


宗介が、真っ黒な粘着液をかぶった生徒を見てつぶやく。しかし、それは再びかなめの怒りをあおることになった。



「もっと早く言わんかぁっ!」


渾身の一撃。宗介の意識は再び遠のいていった。



『えー、大変お待たせいたしました。まことに申し訳ありませんが、運動場の液体の除去に大変な時間がかかるため、

今年度体育祭は、一週間後に延期させていただきます。父兄の方々には大変ご迷惑をおかけしました。繰り返します……』




「……ここは?」


宗介が再び意識を取り戻した。今度は保健室のベッドに寝かされていた。



「気がついた?」


 かなめが宗介に声をかけた。


「君がここまで運んでくれたのか?」

「うん」

「……すまなかった」


「え?」

「君が楽しみにしていた体育祭をこんなことにしてしまった」

「いいのよ。中止になっちゃったものはしょうがないし。それに、一週間後にまたあるし」

「そうか……それは良かった」

「うん、だから……」


 そういうとかなめは立ち上がり、ゆっくりと宗介に近寄る。


「ど、どうしたんだ、千鳥?」

「一週間後の体育祭にあんたが出られないようにしておかないとね……」


 かなめが、じわじわと宗介に近づく。その顔は狂気に満ちていた。


「や、やめ……ぐああぁぁぁぁぁぁ……」


 保健室に宗介の悲鳴が響き渡った。





 それから一ヶ月の間、宗介が学校に来ることはなかった。


  



                                  <大波乱のスポーツフェスティバル おわり>



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